新しいVAIOの姿はまだ見えてこない。でも、確実にその再生は始まっている。ソニーから離れ、新生VAIOを目指すVAIO株式会社。彼らはいったいどんな製品を作ろうとしているのだろう。

今回は、VAIO株式会社を訪ね、伊藤好文氏(マーケティング・セールス&コミュニケーション部商品プロデューサー商品企画担当ディレクター)に話を聞いてきた。

VAIOマーケティング・セールス&コミュニケーション部商品プロデューサー商品企画担当の伊藤好文ディレクター

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――新しい組織としてスタートし、これからVAIO製品はどんな方向に進化していくのでしょうか。

昔のPCが担っていたことを、今はスマートフォンやタブレットでできるようになっていますよね。そんな状況の中で、これらのデバイスと共存するPCのあり方とは何かを考えています。そこにあるのは、生産性や創造性を重視することなんじゃないかと思っています。大事なのはスマホやタブレットとの共存です。取り合うことではないんです。

PCにおいていろんなサービスやアプリを使う上で重要なのは、入力するところだったり、結果が出てくる部分だったりするのですが、人はこれらのハードウェアを通して情報を受けとったり入れたりします。その体験をよくすることに注力しようということです。

――いわゆるHID(Human Interface Device)とスクリーンが重要になるということでしょうか。

ヒューマン・インタフェースは、たとえば同じ「タッチ対応」といっても、デバイスごとに反応の仕方が違うじゃないですか。ペンひとつとっても、まだまだ過渡期だと思うんです。そこをどう作りこむかですね。もちろん、キーボードでの入力についても、まだまだやらなければならないこと、考えなければならないことがあると思います。

今までは、入力しやすく、かつ、持ち出しやすいといったことを両立させるために犠牲になる部分もありましたが、その犠牲を最小限やゼロにするために、VAIOとしては、両立ではなく特化を狙うことを考えます。

その一方で、新しいVAIOでいうと、プリインストールのアプリがあまり入っていません。これは、お客様にとって、すごい付加価値にもなります。お客様ごとに使うアプリは決まっていますから、思い切って今回はプリインストールを外してPCの素に近い状態で出荷したのです。削いで削いで削ぎまくる方針です。「究め方(きわめかた)」なんですね。そこが大事だと思います。

――ソニーのVAIOでできなかったことが、新しいVAIOではできるようになるのでしょうか。

ソニーではVAIOをワールドワイドで展開してきて、ある程度の量を出さなければならない必要がありました。各国ごとに要望も異なりますから、最大公約数的な機能が必要でもありました。その規模が小さくなると、質の高い製品を求めているお客様の要望に応えられるようになるかもしれませんね。

今の会社になって、それほど量を作れるわけではなくなりました。ですから、数をたくさんつくって安く提供という会社にはなれないんです。だから、質の高いものであれば、ちょっとくらい高くても欲しいと思ってくださるお客様のフィールドを狙いたいと考えています。昔のVAIOでいうと"Zシリーズ"のようなイメージでしょうか。

――開発の体制については、今までと遜色はないのですよね。

はい。VAIOの中核を担ってきた開発陣が残っています。でも、製品ラインナップは絞らざるをえないですね。ただ、だからこそ、一つ一つの機種に魂を込められるんじゃないでしょうか。

製品としては、創造性の高い作業に貢献できるものを作りたいです。動画、画像、音楽といった要素を快適に扱えるVAIOです。一部のクリエーターのためということではありません。今ではビジネスシーンでもプレゼン資料を作るといった場面で勝負するような人たちがたくさんいます。その人たちを一秒たりとも待たせないような、高いパフォーマンスを持ったVAIOを望むユーザーはまだたくさんいるんです。

――ソニー時代の技術的な蓄積も、今後活かせるのでしょうか。

今のPC、というよりも、タブレットを含めてのPC市場の流れの中で、VAIOがフォーカスしていた、薄く、軽く、そして低消費電力のCPUを使った製品というカテゴリは得意分野だったといえます。その薄く軽くするような高密度実装の技術を活かせる切り口はいろいろあるはずなんです。

たとえばですが、F1のエンジンを軽自動車に乗せるようなイメージのPC作りもできるかもしれません。いずれにしても、世の中のトレンドにただ乗ってしまってはダメなのです。数は多く出るかもしれませんが、すべてのメーカーがそれをしてしまうと、欲しい顧客に欲しい商品が届かなくなってしまうからです。

それによって、PCの可能性も失われてしまうのではないでしょうか。だからこそ、タブレットやスマホではできないような領域をめざし、VAIOにしかできないことを考えています。

すごく飛んだところでいえば、VAIO Zのユーザーであれば、ゲームをやったり作ったりしているユーザーがいるわけですよ。3D CGを作っている人もいます。そういう人たちはPCに尋常ではないパフォーマンスを求めています。じゃあ、デスクトップPCでいいかというとそうじゃないんですね。ここは、すごく小さいマーケットかもしれませんが、確実にそういう人たちがいることはわかっています。そうした点がひとつの切り口になるかもしれません。

――そうなると価格も高いものになってしまいそうですが。

一時期、VAIOの最高構成だと40万円や50万円はザラでしたがちゃんと売れました。最初に買ってくださるお客様はそういう人たちなんです。VAIOにハイエンドな部分を求めている人たちなんですね。

その一方で、小型化や特殊な一芸に秀でているものを望んでいるお客様も存在します。小型なものというところでいえば、OSやプラットフォームにこだわらないで、新しいコンピューティングのカタチを提案できるかもしれません。

PCを土台にしながらも、VAIOというキャラクターはWindowsにこだわりません。Windowsだけをやるつもりではないのですよ。Chromebook VAIOなんて展開もあるかもしれません。どのようなかたちであれ、これまで培ってきた自分たちの強みをどう活かせるかを考える必要がありそうです。

――新しいモノ作りは新会社だけで展開していくのでしょうか。それとも、ベンダーと協力していくのでしょうか。新会社ならではの制約はありますか。

つながりをしっかりと考えているベンダーは今もたくさんあります。自分たちでやるのか、よそが開発しているものをより使いやすくするのかということを考えたときに、ソニーにいたときは、全部を自分たちで作ろうとしていました。

今は小さい会社になったので、顧客にベネフィットがある体験を提供するには、必要に応じて他社とパートナーシップを組むようなこともあるでしょうね。でも、すべてを自分たちでやるよりもいいことは多いかもしれません。

ソニーは規模があったので、パートナーシップを組みたいというベンダーはたくさんいました。今のチャレンジは、一緒に組む価値があると思ってもらうことでしょうか。

その一方で、規模が必要だったソニーのVAIOでは、より未知なものを取り入れにくかったという面もあります。新会社では、数は出せないけど、その量だったらできるといったことも出てくるはずです。そういう点では、制約がある部分とない部分があるということです。数が少ないからこそできるということもあるはずなんです。

生産台数が変われば体制も変わるでしょう。少量の良質な製品を丹念にずっと作り続ける会社になるでしょう。

エリアを拡げれば固定費が発生します。それを維持するために数を売らなければならなくなります。今回は、それがありません。少ない数でも利益を生み出すために狙えるターゲットセグメントとして、大きな会社ではやりにくい商品も目指します。

「かっこよさ」は裏切りません。必ず愛し続けられるものを提供します。本質を追究してできあがったものを提供します。新会社でVAIOを続けていくにあたり、過去のVAIO製品を大事にしている人たちを多く知って、改めて、そういう人たちを裏切ってはいけないと思いました。彼らは安いVAIOを求めているわけではないんですよ。

――VAIOといえば、かっこいい、デザインが素晴らしいということが期待されます。

美しいデザインについてはメンバーの意識は健在です。この意義は大きいですね。デザインについて犠牲になるところを最小限にとどめ、制限があるなかでも、かっこいいものを作るんだという気持ちがしっかりあります。

これは、ソニー時代の組織文化としても強いものでしたが、今回の新しい組織にとっても大事な要素です。どういう素材を使って料理するかというときに、その中でより小さく、より美しくをめざす意識は今までと変わりません。

もちろんそれぞれのメンバーの想いはあるでしょう。徹底的にパフォーマンスにこだわるものもいれば、小型化を追求するものなど、いろいろなメンバーがいます。それぞれの意識は細かいところでいうと違いはあるかもしれません。でも、やっぱり皆、今までなかった何かに挑戦したいとか、かっこいいものにこだわりたいという気持ちが強いのです。

――かっこよさって、人それぞれで違うものではないですか。

自分としては持っていて喜びが感じられるものというイメージです。でも、それは2通りあって、ファーストインプレッションでもうこれしかないと思うものと、なんとなく使っているうちにわかる機能美のようなものでしょうか。

思うに、それは両方ともVAIOのかっこよさなんです。それをカタチとして作りたいですね。

――かっこよさに関して、伊藤さんはかつてVAIO type Pを考えられましたよね。あの製品は本当に画期的でした。

他に比べて特徴的な製品というのは、見た瞬間に欲しいと思ってもらえます。Pを考えたとき、カタチやサイズがあれば重さは軽くなるだろうというのはあったんです。あのころは、PCに色のバリエーションもなかった時代ですから、ひとつのファッションとして見せるくらいの意識が必要でした。

最初のPは鉱石のイメージで、2世代目は色もビビッドにしました。それで新たなPCの使い方を提案できました。仕方のないことですが、あれでもっとプロセッサのパフォーマンスがよかったらと、今にして思いますが。

当時も同じことをいっていたんですが、「携帯電話」は絶対手放せないですよね。だから、Pでは携帯とともに持ち出すPCのありかたを考えました。今も、小型PCなら、スマホを常時携行している中で、いっしょに持ち歩くPCって何だろうということを考える必要があります。

そして、スマホだけではできないことをと考えた時、たとえば学生はタブレットを買っていないことに気がつきます。スマホは持っているんですよ。そして、授業や課題をこなすのにPCは絶対必要なんです。そうすると、その間のものは中途半端になってしまうんです。そして、PCとスマホがあれば、学業とプライベートと両方できるんです。

まあ、バランスなんですよ。パフォーマンスが必要で、それを追求したいい製品を作るとしても、それを外に持ち出すなら、そのために絶対に必要な要素があるわけです。そこをうまく共存させなければなりません。

――そのために顧客の声に耳を傾けるということですか。

声を聴くというよりも、お客様の行動を認識して提案しなければならないと考えています。声を聴くだけで製品を作ると本当にお客様が欲しいものにはならないんですよ。本当に必要なものをしっかりつかめるようにならなければなりません。

今から思うと、その結果、自分が欲しい製品ばかり作ってきました。喜んでもらえるものを作りたいと考えて商品を作り、新商品は必ず使ってきました。そして、それは自分のほしいものになっているんです。

最近でいうと、ペンにフォーカスした世界に注目しています。今のPCに欠けているものは何かを考えたときに、人にものを伝えたりする面では強いけれど、ものを考えたり思考するところには弱いと思っていました。でも、紙とPCを使い分けない方法があるんじゃないかと気がついたんです。

紙に書いて思考するとき、紙は偉大だと痛感します。そこを少しでもデジタルの世界に取り入れたいです。そして、創造するところから伝達するところまでをカバーできる製品を作りたいと思っています。

――一方で、ペンに魅力を感じないユーザーもいるかもしれませんね。

ペンに抵抗があったり、価値を認めない人もいますよね。でも、その反面、自分が作りたいというところと、実際に欲している人を知っているということもあり、その人たち、そして自分に喜んでほしいと思うんです。

自分自身もアイデアを出すときには、ブレーンストーミングでポストイットを貼り付けるなど、紙を使うことが多いんですが、もっと効率よくできる方法があるんじゃないかと考えることは多いです。

だって、PCでタイピングすると文字の羅列だけになってしまうじゃないですか。でも、紙で書くときは、文字と図形を切り分けません。そのときの位置関係が重要だったりするんです。それをタイプライター的な作業にしてしまうと、せっかくのアイデアから情報的に落ちてしまう部分がでてきます。もしかしたら、そこが先ほどお伝えしたPCの弱い部分、思考の停止を起こしている可能性もありますよね。

それをPCで支援できるのなら、もっとものを創り出すためのコンピューティングに貢献できるんじゃないか、生産性、創造性に貢献できるんじゃないかと思うのです。

――これからVAIOはどう変わっていくのでしょうか。

変わる部分と変わらない部分があるはずです。つきつめるという意味では変わりません。でも、何かを実現するためにどういう素材を集めてどう料理するかという方法論は変わっていくでしょうね。時代、時代に用意される素材も違います。その中でVAIOという料理人が何をどう料理するかということです。やはりそれは、時代背景で異なることになるでしょう。たとえば、スマホやタブレットが人々の中でどう使われていくかも影響していくでしょう。

VAIOのチャレンジとして、BtoBの方に力を入れていくつもりであることは、設立会見のときにすでにお話していますよね。BtoBに強い会社はたくさんあります。今後、ビジネス市場でのVAIOの存在意義が問われるでしょう。

そこで、かっこよさ、きれいさというのは大事な要素じゃないでしょうか。会社で使うPCは、決められたスペックが満たされていればそれでいいというのは社会的な観念にすぎません。ビジネスのシーンだったら美しさやかっこよさはいらないというのではダメなんです。

机や椅子にしても使い心地やデザインに優れたものを作るべきですよね。会社のスタッフが外に出るとき、かっこよく見せたい、気持ちよく仕事をしたいと思う部分があるはずなんです。

BtoBはかっこ悪くていいよという概念をくつがえしたいですね。そこを、自分たちでどう提案できるかを考えていきます。仕事で使う領域をきちんと認識した上で、かっこよさをどう提案できるか、ですね。

――たとえば業務用の家電にも美しさが必要ということでしょうか。

いわば高級家電ですね。冷蔵庫や扇風機といった日用品的な白物でさえ、価格の高い製品を選ぶ人がいます。プレミアムの白物は、より本質的なところに力を注いでいます。扇風機でも心地よい風を追求しているもの、炊飯器ならとにかく美味しい御飯が炊けるようなものです。そこに価値を認めて高い代価を支払う層がいるのです。

PCの役割が何かを考えたとき、以前とその構成などは変わっていないのですが、まわりの環境が変わってきています。必然的にPCに求められるプライオリティも変わってきています。用途としてはタブレットやスマホですむことも増えてきました。

繰り返しになりますが、タブレットやスマホでできることはPCでもできるんです。だからこそ、しっかりやりたいじゃないですか。コンテンツの管理や、そもそもコンテンツをどう作り出すかというところもPCには求められます。PCだけにしかできないことを考え、本質的な要素を研ぎ澄ませていけるような道具でありたいと思います。もちろん共存を大前提にしてですが。

――昔のVAIOを保存している人がいるように、新しいVAIOをとっておく人も出てくるかもしれませんね。

一度PCを買ったら、その用途も大きくは変わらないとなると、長く使いたいという要求が生まれます。だったらいろいろな点で満足できるものを買おうと思うようになるんです。

普通3年で飽きるところを5年使える、つまり、これからは、いいものを5年間使えることが求められるようになるはずです。我々が目指すのはそこかもしれませんね。長く愛してもらえるVAIOをめざしたいということです。たとえば次のPCを購入したとしも、それまで使っていたVAIOをとっておいてもらえるような存在です。そういうものを今後も作っていきたいと考えています。

――有難うございました。