ソニー株式会社から日本産業パートナーズ株式会社にPC事業が譲渡され、VAIO株式会社が誕生した。そして、その事業を開始してから約3週間が経過した。

長野県安曇野市に本社を構えた同社は、これからどこに向かうのか。そして、そのために今、何をやっているのか。同社代表取締役社長に就任した関取高行氏に話をきいてきた。

VAIO代表取締役社長の関取高行氏

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――ソニーを離れてみて、今さらながら、ソニーでしかできなかったと痛感されているようなことはありますか。

ソニーでなければという点ではグローバルの組織規模、インフラが違いますね。特に、日本、アジアにおけるブランドイメージが高く、そのせっかく築き上げたブランドを日本市場だけに絞るのはつらいところです。ベトナムなどは最後の最後までシェアナンバーワンでしたから。

PCは売った後もサービス、サポートという責任が発生します。売りっぱなしにはできない。グローバル展開はすでにインフラができているソニーだからこそできたことで、そこは残念に思っています。が、今後、足場を固めたら、再挑戦はしたいと思います。

――新しくVAIO株式会社が設立されたわけですが、それは反省に立脚するところからのスタートになりますか。

結果論かもしれませんが、過去においては何を強みにするかという「絞り」が足りなかったようにも感じています。ぶっとんだものを作るなら、必死でそれをやった上で、その製品に合わせてマーケットも絞るとか。少しぼやけていた面があったのかもしれません。一方で、グローバル市場を相手にしないといけないという葛藤もあったのだと思います。

ですから、今回は、規模の経済(編注:生産量を増やすほど個数あたりの平均経費が減少すること)との葛藤というジレンマや、リスクにもなるかもしれませんが、強みをクリアにする「絞り」を考えられる経営、組織にしたいと思います。選択肢を絞ることで、特徴はよりクリアになるでしょう。

――関取社長はご自分でどのようなタイプだと思われますか。

慎重派ではないでしょうか。まず現場をみます。そして分析をします。今回、就任にあたっては、社員にインタビューもしました。100人は直接会ってインタビューしたんじゃないかな。その中で、気づいた点があります。

感じたのは、組織が一枚岩になっていないということです。結論が出るまでの導線が長すぎたのです。つまり、みんなで考え、行動する文化になっていなかったんですね。

顧客視点に立って考えようと言っているのですが、その言葉ひとつをとっても、「顧客視点」という言葉の定義自体が曖昧になってしまっていました。また、よく「VAIOらしさ」といいますが、それがみんなばらばらになっていると感じました。

ですが、社員ひとりひとりには、それぞれにみなぎる力があると感じました。それをどう組織としてまとめるかが求められるのです。それが、組織の再生ということを考えるということなのではないでしょうか。

――組織の再生には何が必要だという結論が出たのでしょう。

 ひとつには、「みんなで考え、みんなで行動し、違っていたらすぐ修正、対応する」ということです。社員全員の思考法、戦略などを筋の通ったものにしていく必要があります。そして、市場と顧客をもっとみようということです。カテゴリ拡大や海外展開などのチャレンジのためには、そうして作られた土台が必要です。

――ほかに、ここはカギだなと思うところはありますか。

結局、会社の危機というのは全体感が見えないということだと考えます。全体感を見失ったときに、仕事がことなかれになったり、受け身になったりといったことになってしまうんです。

でも、全体をみた上で行動すれば、自分自身の立ち位置を理解して、自分の組織への貢献度がわかるんです。あの人はがんばっている、この人もがんばっている、なのに全部で50にしかならないっておかしいじゃないですか。だから、全体を知った上で個別に走った方がいいんです。走る方向、つまりベクトルはシェアされていますからね。てんでバラバラの方向に走っていて、ベクトルを足してみたら筋が悪くて前に進んでいないというのではつらいでしょう。

――そのために何をしたのですか。

まず、これからやることではなく、今やらないことを決めるのが大事だと考えました。その結論の一つとして、マーケットを国内に絞り、さらに量販店展開を今はあきらめるといった具体的な戦略を持ちました。他には、会議は減らす、現場のタスクも減らす。そういったことを進めています。

今、本社の安曇野工場では、ワンフロアに全員がいるんです。社長室もありません。全員がひとつのフロアです。製造メンバーも一緒にしました。おーいといえば聞こえるところに全員がいます。

当然、みんなに別の部署のことが聞こえてきます。製造現場の人はホワイトボードを使ってよく議論するんですが、最近は、それを皆が真似始めて、あちこちにホワイトボードが立つようになってきています。メールのCC文化ではなくて、もっと単純にしたほうがいいんじゃないかと、愚直さをもっと前面に出したほうがいいと、今、ソニーを離れて思っています。

あそこには、いろんな専門家がいろんなことをいってくれる環境がありました。しかも、それぞれ正しいんですよ。そうするとやらなければならないことが多くなりすぎます。でも、やらないと決めれば次のことを考えられるじゃないですか。だからこそ余裕が必要なんです。

――組織としてのVAIO株式会社は、やることよりも、まずは、やらないことからのスタートということですね。

そうですね。チームで全体像を把握して、それを構成する個人が過負荷にならないようにします。そうすればボトルネックは解消されます。だからこそ今やらないことを決めることが必要です。全員が、これについては後回しと認識していればいいんですよ。誰かがやっていると思ったら実は誰もやっていなかったというのが一番よくない。

――VAIOらしさというか、特徴はどう継承されるんでしょうか?

顧客・市場視点と、VAIOらしいプロダクトアウト、どちらが大事かとよくきかれますが、どちらということではなく、同じことを裏と表で言っているだけだと思います。

顧客・市場視点とは、コンサルタント的な戦略や市場調査的なものではなく、「お客様の状況に注目する」ということじゃないかなと。アイデアは市場や、お客様の状況からも生まれますし、また内部にも無数にあります。

ここの人間、四六時中、皆ず~っとPCのことばっかり考えている連中ばかりです。彼、彼女たちの中に眠っているアイデアがたくさんあるはずです。それらをもっともっと掘り起こしてやる、みんなで考えて本質を見つけ出してみる。失敗の過去にもアイデアはありますよね。

「VAIOらしいプロダクトアウト」は、時代によって変わると考えます。過去にVAIOがやってきたエンターテインメント性は今、スマートフォンやタブレットが担っている。

そのような状況の中、お客様と内部の状況に注目して得たアイデアを活かし、今の時代にPCに求められる「本質」を極めながら、VAIOに期待される持っていてかっこいい、所有欲を掻き立てられる、そのようなモノづくりをしていきたいです。

一方で、先日行ったワークショップでは、社員の中に危機感もあることがわかりました。新会社だからといって誰もが希望に満ちているだけではないんです。だって、一度つぶれた組織ですから。だからもう二度とつぶしてはいけないんです。

ですから、根拠のない「やんちゃ」でモノは作りません。今までのVAIOも、やんちゃに見せかけながら、周到に用意した計画の上に成り立ってきました。ただのやんちゃではないんです。本質を極めた、裏付けのある、かっこいいモノを作っていきたいです。

まずはソニーから引き継いだ「VAIO Pro」「VAIO Fit E」をリリースする

――地に足がついている印象を受けました。浮き足だった感じがまったくありません。

自分はイノベータタイプではないんですよ。現場の声をとにかくききます。そこで見つかるアイディアは小さなものかもしれませんが、それをコツコツとつむいでいけば結論は出るはずです。天才ではないですし、そういう立ち位置にはいないつもりです。

――だからこそBtoBを前面に押し出そうとされているのですか。

BtoBについては、PCの基本潮流だと考えています。今、コンシューマは選択肢が増えていて難しい面があります。だからこそ、とてもステーブルで強固な地盤をもった市場から逃げてはいけないんじゃないでしょうか。その流れの中で、すきまなどを探さなければなりません。パナソニックのような会社とマーケットを共存していきたいですね。

BtoBでも、かっこよさは絶対に必要です。こだわりも含めたVAIOらしさ、VAIOの根底にあるものとして、高くても買いたくなるものを作ります。それと同時にもちろんコンシューマもしっかりやっていきます。

いろいろなところで、ソニー時代の流れと比較してチャレンジ、葛藤がおきるでしょう。でも、それが新会社になった意味ですよね。資源は多くはない、そこで何が生み出せるか。VAIOの生き残りもかかっています。そのために、VAIOらしさという共通目標がないといけないですよね。みんなで苦闘して考えていきます。

――だからこそのVAIO株式会社なのですね。

VAIO株式会社という社名については、ソニーの平井CEOが、そのまま使えばいいんじゃないといってくれました。デジタルのプロダクトを作っていくには最適のブランド、社名です。その世界観を出していければいいですね。もちろん、デジタルな商品について、アイデアをもっている人を、VAIOというブランドで統一してあげるようなビジネスの展開もあるかもしれません。

これからのVAIOにご期待下さい。

――有難うございました。

新橋にある東京オフィス前には、VAIOのロゴがあった

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関取社長のインタビューは地に足がついたもので、ぼくらが勝手にVAIOに描いているイメージは希薄だった。でも、新しいイメージの新しいVAIOの誕生とともに、既存のイメージは一瞬にして初期化されるのだろう。