クアルコムジャパン代表取締役会長兼社長の山田純氏

米Qualcomm日本法人のクアルコムジャパンは5月29日、都内で記者説明会を開催し、代表取締役会長兼社長の山田純氏が同社の今後の戦略を解説した。

Qualcommは、第3世代携帯電話(3G)の基礎的な技術要素であるCDMAに関して多数の特許を保有している。今回の説明会は、今年4月に日本国内の3G契約数が1億を突破したことを記念しての開催だが、世界的にはまだ全携帯電話利用者のうち3Gは4人に1人程度であり、3G技術のビジネスに関しては引き続き「事業性は極めて明るいと見ている」と山田氏は話す。十数億人の市場である中国での3G採用が正式に決定したこともそれを後押ししている。

Snapdragonにより携帯電話がノートPC並の性能に

また5月19日には、最大1GHzで動作する同社の新型CPU「Snapdragon」を搭載する初の携帯電話端末として、東芝製の「T-01(dynapocket)」がNTTドコモから発表された。Snapdragonについて山田氏は「ARMからはアーキテクチャのライセンスだけを受けており、回路は他社の知的財産を使うことなくゼロから自社で設計した」製品であるとアピールした。「設計にあたってはひたすら低消費電力に注力した。数年前、1GHzのPCを常時電源を入れた状態で、しかも通信機能も使うという利用形態は、ほとんど想像できなかったのではないか。個人的にもエポックメイキングなデバイスが提供できているのではないかと考えている」(山田氏)と話し、一昔前のノートPC並みの性能を、常時電源オンのデバイスである携帯電話でも利用できるようになったことが最大のメリットだとした。

今回の東芝製品はソフトウェアプラットフォームにWindows Mobileを採用しているが、SnapdragonはSymbian、Android、Linuxなど携帯機器向けのメジャーなオープンプラットフォームのほとんどをサポートしていることも、大きな優位性を持つ部分として紹介された。「現在モバイルのプラットフォームは百花繚乱の形であるが、どれに肩入れすると言うことはなく、可能な限り多くのOSに対応し、機器メーカーやサービスプロバイダのニーズに幅広く対応していきたい」(山田氏)

スマートフォン市場では、AppleがiPhone向けに提供する「App Store」のブレイクによって、アプリ配信基盤の重要性が一般にも広く認識されることとなった。Qualcommでも同社のBREWプラットフォームに対応したアプリ配信システムを用意していたが、これを発展させる形で、Windows Mobile、Android、Java、BlackBerryなどにも対応した新システム「Plaza Retail」を開発した。

販売管理機能や携帯端末向けのサイト構築機能なども備えており、これを利用することで、通信事業者や端末メーカーなどは自社のユーザーにオリジナルのアプリ配信サービスを提供できる。しかも、異なるプラットフォームの端末が混在する環境でもひとつのシステムで対応可能だ。

市場動向に対応するためのマルチプラットフォーム戦略

昨年のiPhone 3G、Android搭載機の発売を経て、スマートフォン市場はいわば"携帯OS戦争"とも呼ぶべき状況を迎えている。山田氏は「端末のプラットフォームはフラグメント(分断)がまだ終わらない。メジャーなプラットフォームはまだまだたくさん生まれている」と話し、今後の携帯電話市場でどの陣営が主導権を握るかは予測できないとの見方を示す。同社がSnapdragonやPlaza Retailでマルチプラットフォームサポートを強調するのは、将来どの勢力が主流になったとしても、需要に対応できるようにするためだ。

加えて山田氏は「ユーザーからすると、コンテンツがどういうOSに対応するかを意識することは、いずれは消滅するだろう」とも指摘する。インターネット上にあるソフトウェアやデータをWebブラウザ等のクライアントを通じて利用する、クラウドコンピューテイング型のアプリケーションが今後さらに広がると、OSの違いはユーザーにとっては重要でなくなってくるからだ。「そのクラウドを提供するのは例えばGoogleかもしれないし、Microsoftかもしれないし、通信事業者かもしれない。このあたりの状況はまだまだ先行きが分からない。そのために我々としては準備をすすめておきたい」(山田氏)

情報家電分野を今後拡大、Googleとの関係強化を重視

「10年前、3Gが始まった直後に今日の世界を予測できた人がいなかったように、10年後どういう世界が開かれるかを予測できる人はいない」と話す山田氏だが、将来を予測するヒントとなるサービスとして、米Amazon.comの「Kindle」を挙げた。3G(EV-DO)通信機能を内蔵し、PCを利用しなくてもコンテンツをダウンロードできる電子書籍リーダーで、米国では電子書籍の配信プラットフォームとして広がりを見せている。「Kindleを通信端末と思って使っている人はいなくて、純粋にコンテンツを楽しむために使っていて、それをたまたま3Gが支えている。これはきわめてビューティフル」(山田氏)

日本の大手家電メーカーもこれまで数々の電子書籍リーダーを開発してきたが、商業的に軌道に乗ったものは皆無と言える。「個人的には残念。なぜこういうものが日本で起こせなかったのか。本当にユーザーが使いやすい形でまとめて世に出すことができなかった。そうこうしているうちに、通信回線が日本よりも劣っている米国でこういうサービスが現実のものとなってしまった、これについては忸怩たるモノがある。これに勝るとも劣らないサービスを日本から出していきたい」

Qualcommは携帯電話向けの無線技術を従来事業の主力としていたが、今後はKindleのような情報家電向けの事業を拡大し、より多くの機器に同社の半導体や技術ライセンスを展開していく方針。Snapdragonの投入はその嚆矢でもある。

一方で、PCの小型化・省電力化も進んでおり、一部の用途ではスマートフォンなどのモバイルインターネット機器と競合関係になりつつある。携帯電話のアーキテクチャをもって、小型PC市場に対してどのように対抗していくのか。競合分野において携帯電話とPCのどちらが優勢なるかについて、山田氏は「競争はまだ始まったところで、ここ数年続くと見ている。単純な解はなく、何が起こり展望が変わるのかは不明」としながらも、「クラウドの威力」が市場を制するカギとなるとの見方を示す。「例えばGoogleの提供するクラウドであるGmailやストリートビューのようなものが、ユーザーの日常生活に本当に受け入れられ、それがあれば大半のニーズが満たされるという考えが信じられるようになれば、そのときには、クラウドにうまく適合するローコストで使いやすい端末が重要となる」(山田氏)

クラウドの重要性を同社では強く意識しており、近年ではGoogleとの関係を強化しているという。山田氏は「現在、クラウドコンピューティングを世界でリードしている急先鋒はやはりGoogle。我々の技術がGoogleのサービスと親和性があり、ユーザーに受け入れられるようになれば、Windows OSを引きずっている陣営に対しては強力な武器になるのではないか」と述べ、PCよりもGoogleサービスの利用に適合した機器が登場すれば、それを軸として業界地図が塗り替えられる可能性があると指摘した。

また「"Googleフォン"として出ているAndroid端末はまだ数機種だが、現時点においては我々のチップセット(MSMシリーズ)を搭載した機種のみ。また、SnapdragonもAndroidへの対応は着々と進めている」(山田氏)と付け加え、既にGoogleクラウドへの対応では同社に一日の長があることをアピールした。