グローバルに事業を展開している製薬会社では、米国 FDA(食品医薬品局)の GxP レギュレーションに基づいたオペレーションが必須です。このためクラウドをはじめとした先進的なデジタル テクノロジーの活用を積極的に進める際には一部制限を受けるケースがあります。
以前より IT 環境のグローバル標準に取り組んでいるアステラス製薬は、国内の製薬会社のなかで積極的にパブリッククラウドの導入を推進している企業です。システムのリプレース時期に合わせて、クラウドのメリットを生かせるシステムからクラウドへの展開を進めています。すでに基幹システムである SAP S/4HANA をはじめ、さまざまな業務システムやクラウド認証基盤、開発環境、DR システムなどをグローバルで Microsoft Azure 上に展開しています。
最新クラウドサービスの活用にも積極的で、アジア地区ではファイル サーバーのバックアップと DR 用途で「 Azure File Sync 」とクラウド型仮想デスクトップ サービス「 Windows Virtual Desktop 」という Azure の強みを活かした新しいサービスをいち早く評価し、採用を決定しています。
Azure File Sync でアジア各国のバックアップ データを集約し、復旧時間を大幅に短縮
日本をはじめ、米州・欧州・アジア・オセアニアに多数の関連会社を構えるアステラス製薬は、国内有数のグローバル企業です。研究・開発・製造・販売といった同社のバリュー チェーンを支える情報システムは、1 つの組織に集約されており、国境を越えて IT インフラからプロセスまでの標準化をグローバルで統一化しています。グローバルに展開されている情報システム部で、デジタルテクノロジーグループのリーダーを務めるのが塩谷 昭宏 氏。同社におけるグローバルの IT インフラの標準化から展開・運用、サイバーセキュリティ対策など、幅広い業務に携わっており、今回の Azure File Sync と Windows Virtual Desktop の導入も塩谷 氏の主導で進められています。
「製薬会社特有のレギュレーションによる制約もありますが、オンプレミスのシステムを維持しているだけではコストや運用負荷の課題が解消できないため、クラウドの活用は不可欠と考えています。そこで、システムの更新タイミングに合わせ、クラウドのメリットが活かせるシステムから導入を検討していきました」(アステラス製薬 塩谷 氏)。
まずは、ハードウェアの更新時期と Windows Server OS のサポート終了が重なったファイル サーバーのバックアップ環境をクラウドへと移行させることを決定。そこで採用されたのが、Windows Server 内のデータを Azure と同期できるマイクロソフトのクラウド ソリューション「 Azure File Sync 」です。アステラス製薬において比較的小規模なファイル サーバーを利用しているアジア地区からの導入を開始し、現在アジア 5 カ国で運用を進めています。
「これまでファイル サーバーのデータはローカルのディスクにバックアップしていましたが、各国のバックアップ データを集約できることや、データ消失のリスクを最小化できることから、この分野ではクラウドを活用するのが最適と判断しました。Azure File Sync を導入して、シンガポールに作った Azure のサブスクリプションにアジア各国のバックアップ データを集約しました。現地のサーバーに障害が発生してもデータが失われることはなく、Azure から迅速に復旧できるようになりました」(アステラス製薬 塩谷 氏)。
アステラス製薬では、以前より Microsoft Azure を使ったパブリック クラウド活用に取り組んでおり、2018 年 12 月に各国関連会社の ERP を SAP S/4HANA へ統合した際にも、いくつかのプロセスをパブリック クラウド上で行っています。Office 365 や Azure AD Premium も導入されており、マイクロソフトのクラウド ソリューションを活用するための素地はできていたといえます。ファイル サーバーのバックアップおよび DR に Azure File Sync を導入したことで、障害時の復旧時間は大幅に短縮されました。
システム構築をサポートした株式会社シーエーシー( CAC )ビジネス統括本部 デジタルソリューションビジネスユニット クラウドソリューション部 第二グループ長 塩谷 敬弘氏はこう語ります。
「 RTO(目標復旧時間)は 2 時間に設定しましたが、実際はさらに短い時間で復旧できることを検証しました。日本のオンプレミス環境の DR の場合は、切り替えの意思決定に 2 時間、メインのデータ センターから DR 用データ センターへの切り替え作業に 4 時間かかります。データ量が異なるので単純な比較はできませんが、Azure File Sync の導入効果が高いことは確認できます」( CAC 塩谷 氏)。
すでに米州への導入が検討されており、今後も適用範囲を広げていく予定とアステラス製薬 塩谷 氏は語ります。
クラウド型の VDI「 Windows Virtual Desktop 」を検証し、いち早く導入を決定
今回のプロジェクトでアステラス製薬が導入したもう 1 つのソリューションとなる「 Windows Virtual Desktop 」は、マイクロソフトが 2019 年 10 月より提供を開始したクラウド型の仮想デスクトップサービスです。アステラス製薬では、ビジネス プロセスを BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)で展開しており、世界各国にオフショア会社が存在しています。開発業務もさまざまな国の CRO( Contract Research Organization : 医薬品開発業務受託機関)に委託しており、これらの委託先から日本国内のデータ センター内のシステムへのアクセスを迅速かつセキュアに行うために仮想デスクトップを利用しています。
6 年ほど前から Citrix の「 XenDesktop 」を採用していたものの、今回、DR 側データ センターの更新時期と Windows Virtual Desktop のリリース時期が重なったこともあり、DR 側データ センターの仮想デスクトップ環境を Windows Virtual Desktop で構築することを検討したといいます。
「マイクロソフトの仮想デスクトップということで、Windows Virtual Desktop には以前から注目していました。メインのデータ センター側の更新には間に合わず、XenDesktop で更新したのですが、続く DR 側の更新時には一般提供が開始されており、PoC を行い導入を検討することにしました」(アステラス製薬 塩谷 氏)。
塩谷氏は、Windows Virtual Desktop を検討した要因として「 Microsoft 365 E3 のライセンスがあれば追加のライセンス料が不要なこと」「管理サーバーや仮想化基盤も不要で Microsoft 365 E3 と Azure があればよいこと」など、コストと導入面でのメリットを挙げます。PoC も 2019 年 10 ~ 11月の 2 カ月間で完了し、社内で利用している物理 PC と同等のパフォーマンスで動作することを確認。「ブラウザ経由で Windows Virtual Desktop を利用するときに日本語入力に問題が出る」「以前はコントロールプレーンが海外にしかなく、レスポンスが若干遅く感じる」といった課題も、マイクロソフトのアップデートにより解消され、実用的に問題ないと判断できたといいます。PoC を実施した CAC の塩谷 氏は、Windows Virtual Desktop についてこう語ります。
「クラウド型の仮想デスクトップということで、スピーディに導入できたのが印象的です。オンプレミスで VDI 環境を構築する際には、キャパシティの調整とハードウェアの調達に苦労してきましたが、クラウド サービスの Windows Virtual Desktop ならば構築後でも簡単に変更することができます」(CAC 塩谷 氏)。
アステラス製薬の塩谷 氏も、Windows Virtual Desktop のポテンシャルに期待していると話します。
「 VDI 環境の構築にはコストと手間がかかるため、これまで導入をためらっていた企業も少なくないと思います。Windows Virtual Desktop は VDI 導入のハードルを下げるソリューションといえ、すでに Azure や Office 365 、Azure AD Premium といったマイクロソフトのクラウド製品を導入している企業にとっては、極めて魅力的な選択肢になると思います」(アステラス製薬 塩谷 氏)。
パブリッククラウドの利点を活かせる用途で、段階的な導入を進めていく
Windows Virtual Desktop の導入を検討するにあたっては、セキュリティ面も重要な検証項目となりました。現状の環境では、海外のデリバリ センターから XenDesktop にアクセスするために RSA SecurID を利用して多要素認証を実現しています。Windows Virtual Desktop では、その代わりに「 Azure MFA 」( XenDesktop でもすでに利用)を組み込み、PoC で問題なく実用可能であることを確認したといいます。Azure MFA の利用には Azure AD Premiumのライセンスが必要となりますが、アステラス製薬では以前から契約しているため問題はなく、追加のコストをかけることなく多要素認証を実現しています。
アステラス製薬の今後の展開としては、ファイル サーバー更新のタイミングに合わせて Azure File Sync の導入を進めるほか、次の更新時には Windows Virtual Desktop を採用していく予定と語ります。同社では 3 年ごとに全世界で PC を更新していますが、最新の更新ではアジアの MR1,800 人に対し PC の配付を行わず、iPad のみを配付することでコストの削減と業務デバイスの最適化を図っています。IE 対応の社内システムを利用したり、社外から業務システムを活用したりといった従来 PC でしか行えなかった作業は、Windows Virtual Desktop を使って iPad で行えるようにする予定です。
マイクロソフトのソリューションで効果的なクラウド活用を実践するアステラス製薬と、豊富な知見でシステム開発・運用をサポートする CAC によって創出されるイノベージョンからは、パブリック クラウドが秘める可能性が見えてくるはずです。
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