脱炭素社会の実現に向けて、二酸化炭素を排出しない電気自動車(以下、EV)の普及が進んでいるが、そのうえでEVの航続距離の延長と急速充電の実現が課題となっている。航続距離の延長のカギとなるのが「トラクションインバーター」だ。トラクションインバーターは、バッテリーから送られる直流電圧を交流電圧に変換し、モーターを制御するシステムである。また、EVに搭載されるシステムのなかで最も消費電力が大きい。このトラクションインバーターの変換効率が向上すると、バッテリーを効率良く使えるようになるため、航続距離を延長できる。

Infineonはこのトラクションインバーター向けソリューションとして、パワー半導体をはじめ、幅広い製品を提供している。トラクションインバーターの変換効率を向上させるアプローチ方法について、インフィニオン テクノロジーズ ジャパン株式会社の林 直樹氏に話を聞いた。

  • オートモーティブ事業本部 ビークル モーション セグメント アプリケーションマーケティング
    シニアマネージャー 林 直樹 氏

コスト低減と効率向上を両立する次世代技術

Infineonは自動車用の半導体ソリューションとして、幅広いラインアップを揃える。

パワーモジュールはSi(シリコン)を用いたIGBTに加え、次世代のパワー半導体材料であるSiC(シリコンカーバイト、炭化ケイ素)、その他にゲートドライバ、マイクロコントローラ(以下、マイコン)、電源IC、センサー、パッケージの形態も幅広く用意しており、ユーザーの要望に応じた最適なソリューションを展開している。また、それぞれのモジュール、パッケージを組み合わせた評価キットも提供している。

  • 図1

現在、EVのキーパーツであるトラクションインバーターは、Siを用いたIGBTかSiCが用いられている。SiCはSiよりも材料特性に優れ、トラクションインバーターの効率を上げることができる。EVの航続距離を伸ばしたい場合はSiCが適しているが、SiCはSiよりもコストが高い。SiのIGBTはコストが安いという強みから、2030年時点でも金額ベースでトラクションインバーター用パワー半導体の約40%を占めると見られている。現状ではシステムが求める要件に応じてSiのIGBTとSiCが使い分けられている。

今回InfineonがIGBT、SiCに続く「第3の道」として提案するのが、「フュージョン」というコンセプトだ。フュージョン技術は、1つのシステムのなかにSiとSiCの素子を混在させて、SiCのシステムよりコストを下げながらも効率を落とさないソリューションだ。

  • 図2

図2にあるように、例えば400Vのバッテリーで175kWのモーターのEVで、トラクションインバーターにSiCを用いた場合、SiのIGBTを用いるよりも航続距離が3.5%伸びる。そこで、SiとSiCをフュージョンしたモジュール「Si2C」を用いると、SiのIGBTのEVよりも航続距離が2.9%伸びる。

一般的にバッテリーサイズが大きい場合はSiCを使ったほうが有利だが、Si2Cを用いることで、SiCを用いるよりもバッテリーコストを下げることができる。Si2CはSiCより若干効率が劣るものの、SiCよりも低コストを実現可能だ。

また、SiのIGBTのみのケースとSi2Cを比較すると、当然SiとSiCをフュージョンしたSi2Cのほうが、効率が良い。フュージョンは、SiのIGBTとSiCの比率によって効率とコストは変わってくるため、Infineonはユーザーの使い方に応じて最適な素子の組み合わせを提供する。

将来的に、InfineonはSiCの次の世代のパワー半導体材料であるGaN(ガリウムナイトライド、窒化ガリウム)を組み合わせたフュージョン技術の活用も検討しているという。GaNはSiCよりも優れた材料特性を有するが、現時点ではさらにコストが高い。また、SiCほど耐圧を上げることができないため、フュージョンでは従来の2レベルインバーターではなく、3レベルインバーターを採用する。

  • 図3

図3は800Vのバッテリー、175kWのモーターのEVの例でSiのIGBTと比較したときに、SiCを用いた場合は航続距離を6.4%伸ばすのに対し、SiCとGaNのフュージョンを用いると航続距離を10%以上伸ばすことができる。

次世代マイコンでさらなる性能向上

Infineonは、車載マイコンでも強みを持ち、「AURIXシリーズ」の「TC3xファミリー」ではインバーター向けの最先端ソリューションを提供している。TC3xファミリーはEVに限らず、ガソリン車でもエンジンの制御など、リアルタイム性を求められる用途に活用されている。さらに次世代品として「TC4xファミリー」の開発も進めているという。

AURIXのインバーター向けの機能のなかで、オブザーバーや仮想センサーについては、TC3xはカルマンフィルターで処理するのに対し、TC4xでは例として電圧と電流から推計するバーチャルセンシングを実現する。さらにPPU(並列演算処理ユニット、Parallel Processing Unit)を搭載しており、通常のマイコンより並列処理で優れており、最大12倍以上のパフォーマンスを実現する。

TC4xはこのPPUを搭載することで、システム効率向上とコスト削減を実現する。具体的には、トラクションインバーターにおいては、モーターの位置推定を行ったり、モーターやインバーターがどれぐらい劣化しているかなどの健康状態を観察することができる。

電力変換については、従来は複数のマイコンやDSPで処理していたところを制御機能と通信機能を統合し、システムMCUの数を最大7個から1個に削減できるため、コストを低減できる。

EV普及のためには急速充電が不可欠であるが、バッテリーが壊れない範囲でいかに急速充電するかが重要になってくる。PPUを使ったAIによって、電気化学モデルやバッテリー寿命のアルゴリズムの推定に活用できるため、充電の最適化や航続距離の延長を実現し、バッテリーの限界も把握できる。

  • 図4

その他にも、1つのコアで異なるアプリケーションを独立に実行することができるなど、統合プラットフォームを強化できる。

リアルタイムパフォーマンスの強化については、TC3xが最大6コア 300MHzであるのに対し、TC4xは最大6コア 500MHzで性能を向上させている。タイマーも強化し、低遅延のバスを使って、リアルタイム性も強化している。

一方セキュリティについては、TC3xはHSM Evitaフルの仕様に対応したハードウェアセキュリティモジュールになっているが、TC4xはモジュールの強化によって処理スピードを上げたり、量子コンピュータによるハッキングの対策を強化したりしている。さらにサイバーセキュリティの規格であるISO/SAE 21434にも対応しているという。

  • 図5

X-in-1にも対応し、コストダウンや省電力を実現

最近では、モーターやインバーターなど、電動パワートレインで必要な複数の部品を1つのモジュールに組み込む「X-in-1」がトレンドとなっている。

例えば、モーターとインバーターと減速機を1つのモジュールに組み込んだ場合は「3-in-1」に、多い場合は「9-in-1」の例もある。X-in-1によりモジュールを一体化、小型化することで、車の設計の自由度が増すだけでなく軽量化も叶うため、より少ない電気で長い距離を走ることができる。さらに使用する部品や材料を削減することで、コストダウンの実現が可能だ。

AURIXのTC4xは、このX-in-1にも対応するパフォーマンスを有する。

Infineonは、自動車用半導体の幅広いラインアップの強みに加え、新たなフュージョン技術や次世代製品により、今後もトラクションインバーターのさらなる性能向上に寄与するだろう。

インフィニオン テクノロジーズ ジャパン株式会社

[PR]提供:インフィニオン テクノロジーズ ジャパン