LAドジャースの大谷翔平選手のトラブルで日本でも注目されるようになった米国のスポーツベッティング。スポーツ賭博の黒い歴史から語られることが多いが、近年爆発的に成長しているスポーツベッティングのリスクは従来のギャンブル依存とは異なる。ソシャゲ依存や暗号通貨投資ブームの問題に近いものになっている。→過去の「シリコンバレー101」の回はこちらを参照。
大谷選手のトラブルで認知度が上がったスポーツベッティング
3月にAppleが米国とカナダ、英国で「Apple Sports」というスポーツ専門アプリをリリースした。スポーツのスコアをすばやくチェックできるアプリである。軽量で読み込みが速く、そしてほぼリアルタイムでスコアが表示されるのを特徴としている。試合会場でスコアボードを見るかのようなスピードである。
スポーツ関連の情報を得るためのアプリはすでに多数存在し、リアルタイム並みではないものの、少し待てばスコア速報を得られる。今さらAppleがスコア速報アプリを提供し、それがリアルタイムであることにどれほどのニーズがあるのだろうか。
Appleの「Sports」には、デフォルトでスポーツベッティングのオッズ(賭け率)が表示される。同社はSportsをスポーツベッテイング向けとはしていないが、米国以外では、何でも賭け事の対象にする英国でリリースしてことから、スポーツベッティングを意識しているのは明らかだ。
LAドジャースの大谷選手のトラブルで日本での認知度が上がったスポーツベッティングは、Appleも意識していることが示すように、米国で今、市場がすさまじい勢いで成長している。
以前はカジノで有名なラスベガスがあるネバダ州以外でスポーツに合法的に賭けることはできなかったが、2018年5月に米最高裁が全米の州でスポーツ賭博の解禁を認める判断を出した。そして当時多くの専門家が予測したよりもはるかに早く全米に広まり、これまで38州で解禁されている。
日本人の感覚だと、「スポーツ賭博(スポーツベッティング)」と聞いて競馬やカジノを想像する人が多いと思う。ギャンブルをしない人からすれば「自分が関わることはないギャンブル」と思うだろう。
しかし、普段ギャンブルをしない人でも、スポーツに関心があれば、宝くじを1枚買うようは感覚で応援しているチームに1ドル賭けてしまうことがよくあるのだ。スポーツベッティングはエンターテイメント性が高く、好きなチームや選手を応援する感覚で始められ、スマホで手軽に賭けることができる。
従来のギャンブルに関心がなかった人たち、特に若い層を中心にとり込めているのが、今の爆発的な成長の要因の1つになっている。
例えば、米国の人気ポッドキャスト番組の広告はスポーツベッティングばかりである。Spotyfyで音楽を聴き、オーディオ媒体はラジオよりポッドキャストを聴くような層が潜在的な顧客になっているのだ。そのため、依存症も従来のギャンブル依存とは異なり、オンラインゲーム依存(スマホゲーム/ソシャゲ依存)やネット依存の問題にも似た複雑なものになっている。
スポーツベッティングは「暗号通貨投資ブーム」似ている
3月にMediumでスタッフのおすすめに選ばれた「The Embrace of Sports Gambling Has Gone Too Far」というコラムが話題になった。著者は、勘に任せて楽しんで賭けることから始め、その後、期待値を基にしたEV(Expected Value)ベッティングに取り組み始めてから第3の収入源になるくらい稼ぐようになった。
やめたくてもやめられない依存症ではなかったが、今ふり返ると、家事や家の用事をしなくなり、家族な友人への関心が薄れ、特に最初の頃はスマートフォンで頻繁にスコアをチェックしていた。試合が動くと10〜15分ぐらい観戦に没頭する。米国人のスポーツ好きの男性がスポーツ観戦に長い時間を費やすのは珍しいことではない。
だが、やっていることの中断が頻繁に起こり、やるべきタスクに集中できない。そして、勝った時の幸福感より負けた時の絶望感に支配されるようになり、スポーツベッティングはスポーツを楽しむこととは異なると気づいた。この著者は、スポーツベッティングが利用者を増やしているのは「暗号通貨投資ブームに似ている」としている。
TIMEのオリバー・ステイリー氏によると、スポーツベッティング・ブームが学生のギャンブル中毒の危機を招いている。スポーツギャンブルをするために学資援助を使い果たし、親に嘘をつき、学業を疎かにする学生を、全米で大学のカウンセラーが目の当たりにしている。薬物依存とは異なり、ギャンブル依存症は発見が難しい。
うつ病や不安症など他の精神衛生上の問題が現れていたら気づけることもあるが、多くの場合、大学は学生にギャンブルについて質問しないし、学生もギャンブルにはまっていることを自己申告しない
スポーツベッティングはスポーツ観戦という娯楽を大きく変えようとしている。昨年10月、LAレイカーズのレブロン・ジェームズがInstagramでNFLのプレイオフの見通しを語った。その際に「ドルフィンズ/バッファロー戦に関する私の予想に貯蓄をつぎこまないように。これは賭け事ではなく、フットボールを愛し、ファンだからやっていることなんだ」と語った。
その3カ月後にレブロン・ジェームスはスポーツベッティングのトップ企業DraftKingsと契約し、NFLについて語ることになった。スポーツベッティングに興じる人が増えるほど、人々の注目を集める人の予想、気の利いたコメントやトークのうまい有名人の予想の価値が上がる。スポーツベッティングでは、ベットを仕切る企業以外ではスポーツメディアの成長が著しい。
結果としてスポーツが、好きなチームの勝ち負けや好きな選手の活躍ではなく、賭けが当たるかどうか、インパクトのある賭けが成立するかどうかで見られるようになっている。3月末に、ボストン・セルティックスのジェイソン・テイタムが近年のファンについて次のようにコメントした。
「あと1本スリーを打て、あと1本リバウンドを取れ、ハーフタイムが終わるまでに25点取れとか、ファンは常にどうしようもないことを叫んでいる...そんな人達のパーレイ(マルチベットの一種)を外したら気が重くなる。損させたくないからね」。コートサイドからの声援に、鉄火場の野次のようなプレッシャーを選手が感じるようになった。
2023年に米国人がスポーツに賭けた金額は前年比27.5%増の1,190億ドル。これらの賭けによる収益は約110億ドルで、2022年から44.5%急増した。全州解禁から6年で、スポーツベッティングは儲かるビジネスであることが証明された。
スポーツベッティングはスポーツの新たな収益源に
大谷選手のトラブルで報道されたように、シリコンバレーのあるカリフォルニア州はスポーツベッテイングを認可していない州の1つである。しかし、スポーツベッティングとカリフォルニア州の関わりは深い。
今年1月にラスベガスで開催された北米最大のテック見本市「CES」で、スポーツベッティングのリーディング企業のトップを集めたパネルセッションが行われた。顧客について学習して体験をパーソナライズする方法と、エンターテインメント・フランチャイズが幅広い層をターゲットにする方法がスポーツベッティングの成長を後押しすると目を輝かせ、そしてシリコンバレーとハリウッドにインスピレーションを強く求めていた。
スポーツベッティングは、スポーツの新たな収益源になっており、規模の小さな都市を本拠としているチームやマイナーなスポーツなどがベッティングを通じて、より多くの観戦者を集められる可能性がある。良いインパクトも期待できる。
しかし、2023年だけで、スポーツベッティングで出場停止処分を受けたNFL選手は10人と、リーグ史上の他のすべての年を合わせたよりも多い。プロリーグがスポーツブックと取り引きする限り、選手のスキャンダルやトラブルは続くだろう。
賭ける側の依存症の問題については、ギャンブル依存症と区別されていないこともあって、スポーツベッティング依存症のデータはまだ少ない。だが、過去にフェイクニュースや大統領選の結果に影響を与えたパーソナライズの手法がスポーツベッティング依存に用いられようとしている。
日本でもスポーツ庁と経済産業省による2023年の「スポーツ未来開拓会議」の中間取りまとめの中で「貴重なスポーツ振興財源確保の手段」としてスポーツ振興くじへの言及があったことが話題になったが、米国を例にすると、スポットライトが当たっているスポーツ振興を囲むスポーツベッティングの暗がりに何があるのかまだ明らかになっていない。
大谷選手のトラブルは多くの報道にあるような「ギャンブル依存」ではなく、誰でもはまる可能性があり、そして社会全体に影響が広がる可能性がある「スポーツベッティング依存」の広くて深い闇を示している。