能登地震の復興支援でも用いられているStarlink(米宇宙企業SpaceXが運用)が好調だ。世界最大の農業機械メーカーであるDeere & Company(John Deereブランドで展開)と提携契約を締結。SpaceXが運用する強みを武器に、LEO(低軌道衛星)の短所を解消し、衛星ブロードバンドの普及を加速させている。→過去の「シリコンバレー101」の回はこちらを参照。

能登地震でも活躍した衛星通信サービス

能登地震では、発災後数日間にわたって多くの地域で携帯電話ネットワークが不通となった。そうした状況の中、KDDIが提携しているStarlinkやドコモのワイドスターIIといった衛星通信サービスが被災地での貴重な通信手段として機能した。特に、アンテナが軽量なStarlinkは、持ち運んで設置しやすく、避難所のWi-Fi環境など多様に利用された。

そのStarlinkが米国で、Deere & Companyと戦略的な提携契約を結んだ。農業機械の管理や遠隔操作、植え付けや収穫の管理、農薬散布管理など、農業のDX(デジタルトランスフォーメーション)化やスマート農業を支援するJohn Deere製品を、十分に高速なインターネット接続を得られない地域でも利用できるようにする。

この契約は、農業関係者以外の注目も集めている。衛星インターネットは、災害や有事の際の通信障害時に通信を確保する手段になり得る。また、砂漠や山間部など携帯電話の電波が届かない場所でのサービスとしても利用されている。人々の生活圏のほとんどの場所で4Gの電波が入り、通信キャリアによっては登山道でも安定して携帯電話を使用できる日本では、前者のニーズが大きい。

しかし、海外の状況は異なり、つながらない場所がより身近な問題である。例えば米国の場合だと、小さな都市では郊外に出たとたんに携帯電話のデータ通信が不安定になり、都市間を結ぶ高速道路は圏外エリアばかりである。そのため、高速な衛星インターネットに対する需要が日本と比較して非常に高い。

農業はスマート化の大きな効果を望める分野

農業DXを例にとると、米国の広大な農地には、携帯電波がつながらないまたは不安定な「不感地帯」が多い。そのため、地上インフラに頼っているが、整備が遅れている地域もあり、米国で現在耕作されている農地の約30%はWi-Fiサービスが十分ではない。近隣諸国のインターネット接続状況はさらに悪く、米国の主な農作物輸入貿易国の1つであるブラジルでは耕作地の70%以上に十分な接続環境が行き渡っていない。

John Deereが提供するデジタル農業サービスにより、農家は圃場内の機器を遠隔から監視・操作し、土壌、種子、植え付けに関するデータをリアルタイムで分析・処理し、修理工場までトラクターを運ぶことなく問題のトラブルシューティングを受けられる。同社は現在、農業向けにStarlinkの機材をカスタマイズする作業を進めており、今年後半にブラジルと米国で提供を開始し、さらに多くの国に拡大する予定だ。

John Deereは、農地、馬力、マンパワー、すべての面で「より多く」を良しとしていた時代から、より少ない手間でより多くのことを行い、より多くの情報に基づいた意思決定を行う効率的な農業へのシフトを10年ほど前から進めている。

  • Starlinkをテストするまでは、広大な農場でコンバインや散布機など農業機器との接続が切れるたびに、数マイル車を走らせ、データを読み込んでそれまでの作業状況を確認していた。

    Starlinkをテストするまでは、広大な農場でコンバインや散布機など農業機器との接続が切れるたびに、数マイル車を走らせ、データを読み込んでそれまでの作業状況を確認していた。

農業はスマート化の大きな効果を望める分野であり、たとえばドローンが撮影した圃場の映像を画像解析にかけながら農薬を散布することで、農家は農薬の使用量を最大80%削減できる。農家のコストを削減し、より持続可能な農業につなげられる。しかし、それも農地全体でブロードバンド接続できてこそだ。Starlinkとの契約によってJohn Deereは、これまで接続性の不備から従来の農法しか選択できなかった多くの農家にも、スマート化のメリットを導入できるようにする。

Starlinkを衛星インターネットの地上インフラを補完するサービスに位置付け

Starlinkは、衛星通信サービスの顧客獲得を巡って、GEO(静止軌道)衛星を主に使用してきたIntelsatと争っている。GEO衛星は高度3万6000kmの高い高度から、安定して広範囲をカバーできるものの通信速度が遅い。

John DeereはStarlinkを選んだ理由の1つとして、LEO(高度は数百~2000km)衛星による「高速・低遅延」を挙げている。LEO衛星のサービスには数千規模の小型衛星を用意しなければならないが、Starlinkの場合、SpaceXが自社のロケットで衛星を打ち上げられる。

Bloombergによると、2023年のSpaceXの売上高は約90億ドル。Starlinkの成長で、2024年には150億ドルに増加する見込みだ。宇宙企業SpaceXと、衛星インターネットサービスのStarlinkのシナジー効果が生まれており、インターネットサービス需要によって、SpaceXの評価は2023年半ばの1500億ドルから1800億ドルに上昇している。衛星事業において、SpaceX/Starlinkはユニークな力を発揮している。

SpaceXは、Starlinkをモバイルブロードバンドや地上インフラを補完するサービスと明確に位置付けている。だが、前述したように米国を含む世界では、日本で想像されるよりはるかに多くの人がブロードバンド接続を利用できない状況にある。

Starlinkの開始以来、ロシアのウクライナ侵攻、ハリケーン「イアン」や「イダリア」の復興支援、能登地震など、短い間に世界中のいくつもの出来事で同サービスが貴重な通信手段として用いられ、衛星インターネットをかつてのように「遅いサービス」ではなく、「高速・低遅延でもどこでもつながるサービス」として意識する人が増えている。

  • 1月3日にSpaceXは、Starlink衛星とT-Mobileのスマートフォンを直接接続するDirect to Cell機能を備えた衛星の打ち上げを発表した。テキストメッセージからサービスを開始する計画で、数年後には音声とデータにも拡張する。

    1月3日にSpaceXは、Starlink衛星とT-Mobileのスマートフォンを直接接続するDirect to Cell機能を備えた衛星の打ち上げを発表した。テキストメッセージからサービスを開始する計画で、数年後には音声とデータにも拡張する。

現在のところ、Starlinkは通信事業者にとって不感地帯をなくす良きパートナーに収まっているが、単なる補完的サービスを超え、通信市場における重要なプレーヤーとしての地位を築きつつある。