Starbucksが米国で8月24日に、同社の秋限定ドリンク「パンプキンスパイス・ラテ」の販売を開始した。2003年に提供を始めてから20周年を迎え、累計販売数が6億杯を超えて、米国では秋の味覚として定着している。季節の切り替わりを思わせるメニューだが、今年の提供開始は昨年より1週間早く、過去最速の登場である。冷夏であれば理解できることだが、今年は記録的な猛暑が続いており、暑すぎてカリフォルニア州に80年以上ぶりにハリケーンが上陸するほどだった。それにもかかわらず、なぜ温かい秋の味覚の販売を早めたのだろうか?
その狙いについて、ジョンズ・ホプキンス大学で心理学と脳科学を研究するジェイソン・フィッシャー准教授はAxiosで「通常なら涼しくなり始める晩夏を懐かしむノスタルジア効果」と指摘している。猛暑が続くと人々が涼しい気候を想像し、それを切望するようになる。そんな心境にパンプキンスパイスが刺さると期待しているというのだ。
「なるほど〜」と言いたいところだが、真夏と変わらない日差しの下に置かれたパンプキンスパイスの看板は、私にとっては違和感でしかない。しかし、そこから秋風を感じる人もいるかもしれない。念のため、過去10年のパンプキンスパイスの提供開始日と夏の平均気温を調べてみたが、その2つに相関関係は見られなかった。夏の平均気温の違いにかかわらず、6年前まで提供開始日は9月以降だった。それが2018年から8月になり、それ以降、徐々に早くなっている。
そうした変化から最も納得できる理由が、ソーシャルメディアとクリエイターが生み出すバイラルトレンドの影響だ。バイラルトレンドとは、動画、画像、ミームといったコンテンツがソーシャルメディアを通じて爆発的な人気を集め、大量に共有される現象である。
StarbucksのようなZ世代を大きな顧客層とする飲食チェーンの場合、Z世代が利用するSNSの口コミになることが最も効果的なプロモーションにつながる。例えば、Starbucksの夏の人気メニュー「ピンクドリンク(Pink Drink)」は、元々ストロベリー・アサイ・リフレッシャー・ティーをココナッツミルクで抽出するカスタマイズがネットでバイラルに広がったものだった。見た目もきれいで、さっぱりしていて美味しい。全米で注文が殺到し、試験的にメニュー化したところ売り上げが好調で正式メニューに昇格した。マーケターの意図しないところから誕生した人気メニューである。このピンクドリンクがバイラル化したのが2016年であり、Starbucksがバイラルトレンドの影響力を認めてから、パンプキンスパイス・ラテの開始日がどんどん早くなっている。
若い消費者が信頼するインフルエンサーが「パンプキンスパイスの季節は今」と言えば、それが夏でもパンプキンスパイスの季節になり得る。それならインフルエンサーを広告塔にすれば良いかというと、それでは爆発的な口コミを生み出せない。ソーシャルメディアのリテラシーが高いZ世代は、インフルエンサーを囲い込んだプロモーションと、自然発生的に生じた口コミの違いを見抜く。そして囲い込みを嫌う。
かつては企業がトレンドを取り入れるのにもっと時間的な余裕があったが、Instagram、さらにTikTokやYouTubeのショートなどショート動画でコンテンツが消費されるようになってから、企業はトレンド主導の消費の波に乗り遅れない迅速な対応を求められるようになった。さらにライバルに遅れを取らないようにする必要性と相まって、季節商品の発売時期がどんどん早まっている。Starbucksのパンプキンスパイスが早いと述べたが、実際には遅い方なのだ。Dunkin'は8月16日に、Krispy Kremeや7-Elevenはそれよりも早くパンプキンメニューの販売を開始している。
では、そうしたマーケティングが奏功しているかというと、企業のマーケティングがバイラルトレンドを全面的に受け入れることは時にリスクを伴う。パンプキンスパイスはまさにその例で、過去2年でパンプキンスパイス市場は減少傾向にある。
NielsenIQによると、過去1年間の販売数は前年同期比5%減だった。パンプキンスパイスは新しいフレーバーとして注目を集めてから20年を経て成熟した市場になっており、季節限定メニューとはいってもバイラルトレンドの対象になりにくい。むしろ成熟の強みを受け入れるべきであり、早く提供しすぎて季節感を台なしにしていては、秋の味覚として定着しているパンプキンスパイス本来の価値を失いかねない。
バイラルトレンドというと、ここ最近「girl dinner」や「girl math」など、「girl何とか」というフレーズがソーシャルメディアで話題になっている。「girl dinner」と聞いて女子会を思い浮かべる人も多いかもしれないが、そうではない。これは自宅で1人の夜、夕食を作ったり、外食に出かけたりせず、フルーツとナッツ、チーズといった家にあるもので夕食を済ますことを指す。
きちんとディナーを用意するプレッシャーから解放され、好きなものを食べる自由気ままさに多くの女性たちが共感している。これが新たなトレンドかというと、ぐ〜たら感が面白いからバイラル化しているに過ぎない。それを新たなトレンドと履き違えて、ファストフードチェーンがサイドメニューをgirl dinnerに名前を変えて投入したり、新たなダイエット方法として真面目に紹介したりしても、ショート動画世代には響かない。そこに面白みはないからだ。
バイラル・マーケティングは「やるぞ!」と意気込んで進められるものではない。面白いものや興味を惹くもの、良いものが自然に口コミで広がる。バイラルトレンドの多くは"笑い"に起因していて、その波に乗るためには「笑いに笑いで返す」ようなセンスが必要だ。多くの企業はそれを不真面目と考えて切り捨てるが、口コミの広がりはコントロールできるものではない。そこを理解せずに真面目にアプローチしてしまうと、猛暑の中でパンプキンスパイス・ラテを出すような、笑えないジョークになってしまう。