米国でビッグテックへの規制を強化する法案づくりが進められているのを覚えているだろうか? ロシアのウクライナ侵攻、インフレ、銃乱射事件、中絶の権利の問題、オミクロン変異株BA5の猛威、サル痘……社会を揺るがす出来事の連続で、最近はニュースで取り上げられることが少なくなってしまったが、大きな独禁法改正案の1つ「米国イノベーション・選択オンライン法案(American Innovation and Choice Online Act)」の審議が今、重要な局面を迎えている。もし成立すれば、不況入りのシグナルに身構えるIT大手は、規制で競争力が削がれる可能性にも直面することになる。しかし、支持派の議員がこの局面を打開できずに法案が暗礁に乗り上げる可能性も高まっているのだ。

米国イノベーション・選択オンライン法案は、過去12カ月の時価総額が5500億ドル以上もしくは世界のユーザー数が10億人以上という大きな影響力を持つ企業を対象に、オンラインプラットフォームによる自社製品の優遇を禁じる。具体的な企業名は言及していないが、GAFAMをはじめとするIT大手を念頭にしたものといえる。

成立すれば、ランキング、検索、レビューシステム、または全体的なデザインにおいて、自社製品を有利にするアルゴリズムを設計できなくなる。例えば、Googleが検索結果でトラベル検索「Googleフライト」の結果をKAYAKやExpediaといったオンライントラベルサービスより優先させたり、AmazonがAmazon BasicsやSolinoといったプライベートブランドの製品を目立たせて表示するのが難しくなる。Metaは現在、FacebookとInstagramの間で簡単なクロスポストを可能にしているが、Twitter、Snap、TikTokといった他のソーシャルメディアにも同様の機能を開放しなければならないかもしれない。また、AppleやGoogleがモバイルプラットフォームにおいて、自社アプリに競合相手がいる場合にそのアプリをプリインストールできなくなる可能性もある。

  • エイミー・クロブシャー上院議員(民主党)、チャック・グラスリー上院議員(共和党)など、超党派によるビッグテック規制法案

    エイミー・クロブシャー上院議員(民主党)、チャック・グラスリー上院議員(共和党)など、超党派によるビッグテック規制法案

米国イノベーション・選択オンライン法案が成立する可能性は五分五分。どちらも起こり得るのが現状だ。

同法案は共和党議員も含む超党派の支持を受け、今年1月に上院司法委員会で投票で可決され、上院本会議での審議に持ち込まれた。そこまでは順風満帆だったが、民主党が優先すべき他の問題が続出したこともあって上院での審議が進まず、そうこうしている内に風向きが変わってしまった。今、同法案は「夏休み」と「60票」の壁に苦戦を強いられている。

「夏休み」というのは8月6日から9月上旬までの上院の休会期間だ。それまでに可決に持ち込めなかったら秋の再開後になる。しかし、今年は中間選挙(11月)の年である。議会審議が停滞しやすく、選挙に向けて民主党と共和党がそれぞれの主張を強めることから特に超党派による法案が進みにくくなる。中間選挙までに可決できなかったら選挙後の議会に持ち越されるが、もし共和党が上院のコントロールを取り戻した場合、規制を嫌う同党と民主党政権が独禁法改正案を巡って対立する可能性が高い。現時点の中間選挙の予想では、上院はまだ民主党がわずかにリードしているものの、物価高と景気後退懸念でバイデン政権の支持率が下がり続けており、これから逆転が起こる可能性は十分にある。

もう1つの「60票」は、上院での法案の可決に必要な票数だ。上院では、日本の牛歩戦術のような議事妨害への対策として、60票の賛成でクローチャー(討論終結)決議を行い、討論を終了させて議決に持ち込める。それが、法案を可決するのに必要な実質的な賛成投票数になっている。

米国イノベーション・選択オンライン法案は、予想では賛成が60票にわずかに足りていない。それでも、半年前は投票になれば確実に60票を超えると見られていた。IT大手が激しいロビー活動を展開しており、2021年には約7000万ドルを投じて過去最高を塗りかえた。そうした激しい圧力を避けるために、賛成する考えを明らかにしていていない議員が相当数いると見られていたからだ。

ところが、この半年で状況が完全に変わった。今の人々の関心はビッグテックへの富の集中の問題より生活。物価高と不景気の不安をまずは払拭してもらいたい。そんな有権者にインフレ対策をアピールし、規制法案に賛成票を投じる考えを撤回する議員が増えている可能性が指摘されている。今は投票で60票を超えられるかどうか分からない不透明な状況だ。

しかし、先延ばしにするほどに可決の可能性は下がる。支持派の議員はリセッションの影響がさらに大きくなる前の議決を目指した動きを活発化させており、審議の行方は予断を許さない。

成立すれば、オンラインプラットフォームのあり方が大きく変わるだろう。しかし、リセッション入りのタイミングでの規制強化は不況を厳しくするリスクをはらむ。

成立しない場合、巨大ITの国際競争力は不況の影響をやわらげる力になり得る。だが、過去の例では、リセッションを通じて数々のスタートアップが大きな成功をつかんできた。例えば、直近の2007〜2009年の景気後退時にはDropbox、Airbnb、Uberなど革新的な企業が誕生した。スタートアップにとって投資を得られにくい苦しい状況ではあるが、景気後退時には人々が変化にオープンになり、社会に変化を起こしやすくなる。優れたスタートアップは逆境をバネに強い成長を生み出してきた。巨大ITの規制回避によってそうした可能性が削がれるとしたら、長期的にはマイナスになる可能性も否めない。