過酷なスケジュールによる苦い思い出

本社(シンガポール)への出張の際は、好んでシンガポール航空を選択した。成田発19時、シンガポールのチャンギ国際空港に深夜1時半到着、そしてホテルにチェックインして緊急メールを処理し、3時間半の睡眠を経て朝7時に起床し本社へ。予定していた社内会議にすべて出席、2~3の個別の打ち合わせを終え、会社の人達と夕食。会食後はチャンギ空港へリターンし深夜0時のシンガポール発のフライトで成田空港へ戻ると早朝6時半に成田空港へ到着する。そこから急いで帰宅し、1時間の休憩の後、ランドマークタワーへ直行。こうした1泊(仮眠)2日のシンガポールへの出張が月2回重なったりすることもあった。

日本の顧客とは通常2泊3日の日程で、年に数回シンガポール本社を訪問した。同行訪問によって必然的に顧客との関係が深まるのが歓びであった。担当営業は顧客との海外への同行訪問のチャンスがあれば決して見逃してはならない。機会を最大限に生かすべきである。

この過酷なスケジュールでの苦い想い出は、シンガポール出張中に顧客との夕食を終え、1人でゆっくり歩いて宿泊ホテル前の横断歩道を渡っていた時であった。突然気が遠くなる感覚に襲われた。横断歩道を渡り終えた瞬間、路上に勢いよく前かがみになって倒れてしまった。生気が戻り周りを見渡すと、人々が私の周りに輪をなしていた。通行中の1人が飛んでしまった眼鏡を拾ってくれ、私の手にやさしく差し出してくれた。皆とても心配そうな眼つきで私の顔を覗いていた。私は静かに立ち上がって群衆に一言お礼を言って、急ぎ足でホテルへと入った。記憶を失ったのは数秒間だったかもしれないが、完璧に未知の体験だった。幸運にも大した怪我もなく、九死に一生を得た気持ちだった。

PR活動と顧客との長期的な付き合いによるファウンドリへの啓蒙に注力

人事面では、精神の病と長年苦闘していたYさんを営業として採用し、彼の能力を生かすべく、会社として最大限の支援を2年半以上行った。彼は営業としては実務能力が高く、顧客からもとても親しまれていた。しかしながた彼の病状は快方には向かわず、悪化してしまった。無断欠勤が続き、最終的には彼は辞職に追い込まれてしまった。個人的には今でも悔いが残っている。

また四半期ごとにシンガポール本社からシニアマネジメントを招き、井之上ピーアールの協力をもとに国内のマスメディアとのコミュニケーションの場を設け、積極的に自社の最新技術情報を開示する広報宣伝活動を実施した。PR活動が功を生じたのか、結果としてメディアに対するChartered Semiconductorの社名の認知度は飛躍的に上昇した。

そして長年の夢であった、本社主催300mmウェハ対応工場(Fab7)の完成パーティには、日本から電子デバイス関連新聞と同分野の雑誌編集者を代表してN氏とK氏の2名を招待した。本社への訪問のほか、シンガポールを拠点とする企業、研究施設や大学への訪問、そして予期せぬハプニングにも巻き込まれてしまったが、今でも3人が集まれば、あの当時を思い出して爆笑する。

Chartered SemiconductorのFab7竣工式当時の風景

国内主要顧客、特にリコー、三洋電機、沖セミコンダクター、そしてソニーの4社には営業担当マネージャと一緒に顧客訪問を繰り返し、マネジメントの関係強化に努めた。個々の顧客との間に長期的な協調関係、パートナーシップを構築することで、顧客のニーズに対応したソリューション(解決策)を提案し、ファウンドリビジネスに結びつける啓蒙活動に注力した。

ソニーにおけるはじめての商談は、開始から2年半の長い評価期間を経て遂に成約した。顧客先(品川)での数十回以上の技術打ち合わせ、累計3回のシンガポール本社への同行訪問、ソニー諫早工場での数回の納期と価格打ち合わせ。すべてがソニーのデジタル機器に正式採用してもらう為の活動であった。

興味を抱いた台湾ファブレスメーカーのビジネスモデル

Chartered Semiconductorの大きな変革は2003年第1四半期にIBMと90nmと65nmのプロセスの共同開発と相互製造契約の締結から加速し始めた。

その一方、私は社内会議や研修会で台湾を数回訪問する機会に恵まれた。台湾訪問の度、台湾半導体メーカーの実態を学び、彼らのビジネスモデルに興味を抱いた。多くの日系半導体メーカーが、半導体生産に関し垂直統合型(IDM)から水平分業型への転換が図れず苦慮している最中、台湾の有力半導体メーカーは設立当初から半導体設計に注力し水平分業型であるファブレス(自社工場を持たない)モデルで急成長を成し遂げていたからだ。

こうした体験を経た私は日本法人代表としての2期4年の任期完了を目前にして、社内の事情を考慮し自ら退陣する決意を固めた。多くの難題に挑み、スタッフと一緒に成し遂げた満足感で心は豊かな気持ちになっていた。

なお2009年9月7日、Chartered SemiconductorはAMDから分社化された半導体製造会社であるGLOBALFOUNDRIESと合併している。

(次回は11月8日に掲載予定です)

著者紹介

川上誠
サンダーバード国際経営大学院修士課程修了。1979年 Intel本社入社。1988年ザイコ―ジャパン設立以降、23年間ザイログ、ザイリンクス、チャータードセミコンダクター、リアルテックセミコンダクターなどの外資半導体メーカーの日本法人代表取締役社長を歴任。そして2012年ハーバード大学特別研究員に就任