米中の貿易問題の本質は技術覇権

米中の貿易摩擦問題はますます泥沼化し世界経済にも影響を及ぼし始めた。この大変にややこしい問題の本質の1つに技術覇権がある。

国際関係にあってその主権国家の国力を測る物差しにはいろいろある。軍事、経済、科学、技術、文化、情報、国民などがそれぞれの分野で国力を測る要素を代表しているが。米中の貿易摩擦はそれ自身は経済的な問題であるが、その裏にある問題の本質は将来の最先端技術の各分野で、どちらが覇権を握るかという熾烈なせめぎあいである。

米商務省は輸出管理対象として14にわたる新興技術分野をあげた。バイオテクノロジー、AI,データ分析、セキュリティー、ロボット、先端材料などずらりとあげられる先端分野の中で、早々とファーウェイ社の製品禁輸を決めた事にも表れているように、米国が最も神経をとがらせる分野の1つが先端半導体技術である。

5Gインフラの到来を目前に、米国を猛追する中国の通信、センサー、コンピューター、半導体などの先端技術分野で、米国がついに牙をむいた形である。先端技術分野での中国とのせめぎあいはかなり前から米国の頭を悩ましていた。米国通商代表部(USTR)は中国が国家を挙げて進める強力な産業政策について大きな懸念を示し、中国が自国産業を強化するための手立てとして「IDARモデル」なるものがあると分析し、215ページにわたる膨大な調査報告書をまとめた

「IDARモデル」とは中国が外国製品の技術を盗みそれをベースに改良を施す過程を説明したUSTRの造語であるが、そのアプローチおよびコンセプト自体は2006年に中国政府が発表した5か年計画にも記載されている(報告書12ページ参照)。SIA(米国半導体協会)、ITI(米国情報技術産業協議会)、UCB(カリフォルニア大学バークレー校)などたくさんの業界団体、研究機関が協力したこの調査の報告書によると第一段階のI(Introduce)では外国製品を入手・窃取、第二段階のD(Digest)ではその技術や製品の構造を官民の協力において解析し、第三段階のA(Absorb)では豊富な政府資金を補助金や融資などの形で投入しその技術を使用した製品を再製品化し、最後の第四段階R(Re-Invent)では解析した技術にさらに改良を加えることによって技術的な国際的優位性を実現するというものである。

米国の主張は「こうした産業政策を国家ぐるみで行う中国は米国の通商・安全保障上の大きな脅威である、故にそれに対する強力な対抗措置を早々に取らなければならない」、ということで、その具体的な結果がファーウェイ製品の禁輸などとなって現れた。

中国の技術覇権を許してしまうことが米国の国力そのものへの脅威となる点を米国は深刻な問題ととらえている。

  • 軍需

    軍需は半導体技術の促進と成熟に大きな役割を果たす (著者所蔵イメージ)

かつてはミリタリー(軍需)事業部があったAMD

私がAMDに勤務していたころ(1986年入社)の初期にはメモリー、ロジック、アナログなどの製品別の事業部と並列のレベルで「ミリタリー事業部」というのがあった。

これは1990年くらいまでのほとんどの米国の半導体メーカーに共通していることであった。ミリタリー(軍用)スペックというのは民間のコンピューターや通信機器のスペックよりもはるかに厳しいものが課せられる。この事業部で働く人間は軍関係のカスタマーの情報は一切漏らしてはならない。兵器などにも使用される可能性がある軍用の半導体は、誤動作が起こる危険を限りなく低減させるために、通常、最先端のものは採用されずかなり「枯れた」技術を採用することが通例だった。しかも高いスペックを実現するために、通常の半導体ビジネスの経済原理からかなり外れたビジネスの性質を持っていた。

例えば非常に厳しいスペックを満たすために、一枚のシリコンウェハーから1~2個のダイしか採れない場合などもある。その場合はかなり高い単価で買ってもらうことになるが、半導体ビジネスは基本的に量を追及するキャパシティーのビジネスなので、結果的にはあまりいいビジネスセグメントとは言えない。また、輸出相手国についても規制がかかっていて、それに違反した場合には業務停止命令などの厳しい行政措置が取られることだってある。私がAMDに入りたての頃はまだ米ソ冷戦の名残りがあって、「ロシア製の墜落したミサイルの残骸の中からAMDの1970年代の製品であるビットスライスCPUのAm2900がたくさん出てきた(詳細は不明)」、などの事件があって社内で大騒ぎになったことをかすかに憶えている。

  • 軍事

    かつてAMDにはミリタリー事業部が独立して存在していた (著者所蔵イメージ)

業界再編が進むミリタリービジネス

かつてミリタリービジネスは国家予算も豊富だったこともあって軍事セグメントが独立で存在できるような余裕があったが、現在では予算緊縮と競争激化という巷の状況をもろに反映してきている。その最たる例が最近の先端技術分野における「デュアルユース(軍民両用)」のトレンドで、軍・民間の研究を統合しながら進めていくやり方である。

これには半導体微細化の推進による品質の飛躍的向上と、新技術創造にあたっての競争の激化が関係している。特に米中は国内に優れた技術を持った巨大企業をいくつも擁しているので軍民両用のトレンドが進むことは容易に理解できる。このトレンドは既存の軍需産業ブランドの再編をも引き起こしている。最近のニュースで私の関心を引いたのは米航空・防衛の老舗大手であるUnited Technologies(UT)とRaytheon(レイセオン)が2020年をめどに合併するというニュースである。

Raytheonといえば湾岸戦争の時、イラク軍が発射したソ連製の「スカッド」ミサイルを迎撃したことで有名になった迎撃ミサイル「パトリオット」の製造メーカーである。記事によればこの合併ではRaytheonが持つ広域ミサイル・システムとUTのGPS関連の専門技術を有効に連携させることによって相乗効果が期待されているらしい。

本来であれば人類の生活を豊かにするために貢献するべき最先端技術であってほしいが、そのアプリケーションの中に軍事関係が含まれていることは、古今東西変わらないことである。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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