世界経済を揺るがす米国トランプ大統領の「相互関税」政策が半導体分野に適用されるかどうか、業界の注目が集まっている。

世界中に広がっている半導体サプライチェーンの影響を考慮せずに「相互関税」をかければ、結局、自国の半導体業界とその利用者にとって不利になる事態となるのは明らかだ。しかし、トランプ大統領の国内製造業強化への方向性は変わっていない。その中で、ファウンドリ会社構築を目指すIntelとTSMCの協業が大きな話題を呼んでいる。

「Real men have fabs」と豪語したAMDの創業者ジェリー・サンダース

半導体業界のレジェンド、AMDの創業者ジェリー・サンダースは、「ハリウッド・ジェリー」と呼ばれるほど派手好きな業界人であったが、AMDを1969年に操業して、2002年までCEOを33年間務めた間に多くの語録を残した。

私のAMDでの24年の勤務はサンダースがCEOだった時期で、実際に本人と会ったことが何度もある。一般のイメージとは違い、外向けの派手なパフォーマンスに負けないくらい、半導体ビジネスへの情熱には並々ならぬものを持っていて、私が実際に会った事がある数々の経営者の中で、最も尊敬する人物の一人だ。そのサンダース語録の中で最も知られているのが「Real men have fabs」、であろう。

かみ砕いて言うと「(半導体で生きていく)男ならFab(半導体工場)は自前で持て」、という意味で。現在であればいろいろと突込みどころが多い発言だが、ほとんどの半導体専業会社が自社工場を所有/運営する垂直統合型の半導体ビジネスモデルが主流だった当時、巨額の投資がかかる設計/開発と微細加工開発/生産設備の両方を最先端で行く事には大きな困難を伴った。特にIntelのような巨大企業に正面切って挑戦するAMDにとっては、サンダースの数々の決断はまさに「半導体マッチョ」のそれであった。

x86アーキテクチャーの独占によって資金力を得たIntelはロジック半導体の微細加技術と生産能力で他社を寄せ付けない圧倒的な存在だった。熾烈な競争の中で、事実上Intelの唯一の競合として市場に残ったAMDであったが、微細加工技術では常に一世代遅れで、このことはIntel相手の競争で常に大きなハンディ―キャップであった。

  • 「Pentium」というブランド

    「Pentium」というブランドは、1993年の登場以降、Intelの成長を20年以上にわたって支えてきた

しかし、製造拠点への巨額投資を継続しないことは、そのまま競争から脱落する事を意味する。半導体ファブは建設開始から、最初の製品の生産が始まるまで最短でも3年かかるが、3年先の半導体需要状況などは誰にもわからない。結局、AMDは大きなリスクを負うことを覚悟しながら巨額投資を継続したが、そのCEOのビジネスへの覚悟を端的に表した言葉が「Real men have fabs」だったわけだ。その後、業界では水平分業によるコストの低減を目的とし、製造部門を独立のファウンドリ会社として分離する動きが生まれ、AMDは最新鋭のドレスデン工場を切り出し、GlobalFoundries社の原型となった。ファブレスとなったAMDは、現在では世界最大のファウンドリ会社TSMCとの協業で、Intelのシェアを着実に奪取する巨大企業に生まれ変わった。

  • 創業者チームとAMD最初の工場建設の鍬入れをするサンダース

    創業者チームとAMD最初の工場建設の鍬入れをするサンダース(中央) (著者所蔵イメージ)

Intel FoundryへのTSMC参画の可能性を報道する最近の記事

「半導体マッチョ」の時代からほぼ半世紀たった現在、生成AIの急拡大もあって半導体は国家安全保障に関わる戦略分野となった。

業界の景色も随分と変わった。かつて垂直統合型の半導体ビジネスで圧倒的な存在であったIntelは、AMD、NVIDIA、Qualcommといったファブレス企業と、その製造を一手に引き受ける台湾のファウンドリ会社TSMCとの協業に押され、かつての業界への影響力が急激に減退している。

その絶頂期にCTOを務めたパット・ゲルシンガーがCEOとして舞い戻り、TSMCに伍すファウンドリ会社の立ち上げという巨大な構想を打ち出したが、この10年での度重なる躓きを挽回できずに昨年末に退任の事態となった。

ゲルシンガーに代わって後任CEOとしてIntelの舵を取るのは、Cadenceを始め、多くの半導体・IT企業の経営に関わったLip-Bu Tan氏である。今後のTan氏の方向性に注目するのは業界だけではない。

米国内での製造業の復活を政治課題の中心に据える米国トランプ大統領と政権チームは、鉄鋼、自動車、薬品に先端半導体を含めた自国内での製造復権に向けて報復関税などのあらゆる手を使って強引に推し進めようとしている。しかし、先端半導体の製造には微細加工技術が必須で、Intelが長年てこずっている物理の障壁を乗り越えるのには関税政策では無理である。この一か月くらいIntel Foundryの実現にTSMCが参画するという報道がされている。ファウンドリ分野では直接の競合関係となるこの2社がどのように協業するのか、関係各社の正式なコメントは一切出ておらず、今後のTan氏の動きが注目されるが、米中の激しい覇権争いの狭間で難しい立場に立たされている台湾のTSMCが、どういうスキームで参画するのかは非常に興味深い話題だ。

  • とLunar Lake

    Intelの「Core Ultraシリーズ2」ことLunar Lake(開発コード名)は、コンピューティング・タイルがTSMCの3nmプロセス(N3B)、プラットフォーム・コントロール・タイルがTSMCの6nmプロセス(N6)をそれぞれ採用するなど、IntelとTSMCは競合と協業が混在した関係性となっている

トランプ大統領は「本当の男」になれるか?

半導体のプロセス技術は半導体の知的財産で最も秘匿性の高い分野である。幾多の報道の中には、この協業の計画にはトランプ政権が関わっているが、協業自体に異議を唱えるIntel幹部もいるという。

微細加工技術へのアプローチが大きく異なっているこの2社が協業するということは、この2社がお互いに最高度のノウハウを開示しあうことであり(全部とは言わないが少なくともその一部は)、それは半導体業界の常識を覆す前代未聞の協業ということになる。

  • TSMC N5
  • Intel 4
  • TSMCの5nmプロセスウェハとIntelの「Intel 4(旧7nmプロセス)」のウェハ。製造プロセスの中身はまったく異なっている

半世紀の時を超えて、今回のような前代未聞のケースが起こりえる背景にあるのが、米中の技術覇権問題だ。TSMCが本拠地を構える台湾は、海峡を隔てて軍事的圧力をかける中国に対抗するために、米国の支援は命綱ともいえる。その米台の関係を決定づける政治判断の中心にいるのがトランプ大統領であることは言うまでもない。

トランプ大統領が製造業の米国内復権で「本当の男」となれるかどうか。今後の情勢が注目される。