昨年38年ぶりに通期で巨大赤字を計上したことで、今後の成り行きが注目されているIntelの新CEOにLip-Bu Tan氏が選任された。
停滞するIntelの再建のために、3年前にかつてCTOを務めたPat GelsingerがCEOとして舞い戻ったが、2024年12月にあえなく突然の引退。その後3か月の空白を埋めたのは、昨年夏に、Intel経営層との意見の違いにより取締役を辞した、業界のベテランLip-Bu Tan氏であった。Tan氏は今回のCEOへの就任と同時に、Intelの取締役会にも復帰し、今後のIntelの再建の大任を担う。
厳しい環境下にある現在のIntel
かつて永らく「世界最大の半導体企業」の地位を謳歌したIntelは、2019年頃からの10nm以下の微細加工製造技術開発の躓きを発端に、それまで常にトップを走っていたポジションから一転、ここ数年は売り上げ・株価ともに低迷が続いていた。
x86アーキテクチャーの盟主として、PC/サーバー向けのCPU市場を独占することで、半導体業界に確固たる地位を築いたIntelだが、ここ数年x86アーキテクチャーの仇敵AMDに市場シェアを奪われつつある。
また、Xeonシリーズで独り勝ちだったデータセンター市場では、生成AIの登場で技術の中心がCPUからGPUベースのアクセラレーターに移り、現在この市場をほぼ独占するNVIDIAに主導権を奪われた。また、常に他社に先んじた微細加工技術の推進と果敢な設備投資で、ロジック半導体の製造の頂点にあったその地位も、現在では自社製品の多くを台湾のTSMCに製造委託する状態まで下降してしまった。すべての面で凋落の状態を続けるIntelを再建するという大任をGelsinger氏の後任として預かったのはCadence Design SysytemsのCEOをはじめとする多くのハイテク企業の要職を務め、業界に広くその名を知られるLip-Bu Tan氏だ。「敢えて火中の栗を拾う」という印象の強い今回の人事だが、Tan氏を待ち受ける状況は大変に厳しいものと言える。
注目される設計部門と製造部門の分離
CEOに就任以来すぐさまGelsingerが立ち上げた「TSMCに伍するファウンドリ会社」の構想は、半導体サプライチェーンの国内化を進める米政府の巨額の補助金を受けながら、オハイオ州を始めとする新工場の建設が進んでいる真っ最中であるが、Tan氏がCEOに就任する少し前に「新工場の稼働開始のスケジュールを5年遅らせる」、という発表を行ったばかりである。
その理由は明らかにされていないが、推察されるのが現在開発中の先端プロセス「Intel 18A」の歩留りがなかなか上がらないこと、それに伴いファウンドリに製造依頼する顧客獲得に苦戦している事だ。そんな状況の最中に突然TSMCがトランプ大統領とともに米国への1000億ドルに上る追加投資を発表した。その発表と前後してTSMCがNVDIA、AMD、Qualcommなどの主要顧客と連携し、Intelファウンドリ部門の強化に参画する計画、との報道も飛び出し、このところNVIDIAの話題一色だった業界も、現在ではTan氏のCEO就任後の再建計画の話題でもちきりである。当事者企業の発表が何もないまま、舞台裏で何かが起こっている事だけは確かなようである。
設計部門の立て直しも大きな課題だ。CPU市場でのAMDの激しい攻勢に対応する製品ロードマップの強化ももちろんだが、AI市場での遅れは明らかで、これまで企業買収などで取り込もうとしたGPUやAIアクセラレーターの開発は未だに特筆する成果をまったく上げられない状況にある。
Tan氏による巨艦Intelの今後のかじ取りの行方
Tan氏はGelsingerと同様、半導体業界では長い経験があるが、その職歴はやや異なっている。Gelsingerが長年Intelに勤務し、CTOにまで上り詰めたその過程では自身が開発責任者として、80486、Pentium、Pentium ProといったIntelの黄金期を代表する製品群の開発に直接関わったことで、「新生Intelの顔」としてはかなりIntel色が強い印象があり、長年IntelとGelsingerを見てきた私はかねがね、「強いIntel色がファウンドリ企業の立ち上げには障害になるのではないか」と感じてきた。というのも、TSMCに伍するファウンドリ企業となるためにはNVIDIA、AMD、Qualcommといった米国を代表するファブレス企業を顧客として取り込む必要があり、これらの企業はほとんどすべてが、過去、Intel全盛期に訴訟を含む何らかのいざこざを経験している歴史を持っているからだ。
製品戦略についても、GelsingerのCEO就任後のさまざまな発言を聞いていると、やはり自らが立ち上げ、Intel全盛に大きく貢献したx86アーキテクチャーへの強い執着を感じた事も確かである。この過去の栄光へのこだわりが、AIを中心とする半導体業界の新時代との乖離を生じさせていた印象も否めない。Tan氏は昨年夏に「経営層との意見の相違」を理由にIntelの取締役を退任しているが、Gelsingerとの意見の相違であることは明白で、今後はこれまでとはまったく異なる方向性を打ち出す可能性が大きい。半導体デザインソフト業界の出身ということで、ファウンドリ顧客とは緊密で等距離の関係にあるのも大きな違いだ。
今後のTan氏の発言は大いに注目される。