相変わらず何事にもただちに結果を求める米トランプ大統領の動きが、毎日の報道を飾っている。国内での製造回帰を強力に進めるトランプ政権の悩みの種の1つに米半導体ブランドのファブレス化がある。NVDIA、Broadcom、AMD、Qualcomm、Appleといった世界市場を牽引する先端半導体の巨大ファブレス企業の製造を一手に引き受けるのが、中国と海峡を挟んだ台湾に本拠地を構えるTSMCであるのは、米国による対中技術覇権圧力の戦略にとっては実に都合の悪い厳然たる事実である。その状況で、トランプ大統領同席のもとでTSMCの魏哲家(C.C.Wei)CEOが米国での工場建設の追加投資を発表した。昨年は、Intelの前CEO、パット・ゲルシンガーが幾度もバイデン前大統領とともに写真に収まったが、今回の発表イベントの写真は役者の交代を印象づける象徴的な風景であった。

米国に1000億ドルの追加投資を発表したTSMC

TSMCの魏哲家CEOがホワイトハウスを訪れ、トランプ大統領と共同で1000億ドルの追加投資を発表した。

  • ホワイトハウスによるTSMCの1000億ドル投資の公式発表

    ホワイトハウスによるTSMCの1000億ドル投資の公式発表のスクリーンショット (出所:ホワイトハウス)

TSMCは現在アリゾナ州に最先端の前工程工場を建設中で、第一工場ではすでに量産を開始している。この投資には総額650億ドルをコミットしていて、バイデン政権で成立したCHIPS法による補助金も支払われることになっている。TSMCは今回の追加投資で新たに3つの先端前工程工場と研究開発拠点、また近年AI半導体を中心に需要が急増している先端パッケージ工場を2つ建設するという。

TSMCの発表文ではApple、NVIDIA、AMD、Broadcom、Qualcommらファブレスブランドが顧客となると記されている。これにより、先端プロセスでのAI半導体製造に対する関税問題への懸念は大きく除去されることになりそうだ。米国内での生産となれば、台湾での製造と比較してコスト高になることは否めないが、ユーザーにとっては高関税や輸出規制などの予想外の障害を気にする必要がなくなり、各社のビジネスリーダーたちには歓迎されるだろう。TSMCにとっても税制上の優遇措置、米国内での存在感の強化にも資するという利点もある。

建設中のオハイオ工場の稼働を延期したIntel

こうした状況にあって、益々くすんでくる印象があるのがIntelによる半導体ファウンドリ企業構築の巨大プロジェクトである。

最近、Intelが現在オハイオ州に建設中の新工場の稼働を当初の予定の5年遅れの2030年以降に延期する、という発表があった。

  • Intelオハイオ新工場の建設現場写真

    Intelオハイオ新工場の建設現場写真(2025年2月撮影) (出所:Intel)

理由として考えられるのが、現在開発中の最先端プロセスノード「Intel 18A」の歩留りが上がらないこと、その結果ファブレス顧客の取り込みにかなり苦労していることなどが考えられる。昨年12月に突然の引退を発表した前CEOのパット・ゲルシンガーはこのファウンドリ構想を米国製造回帰の拠り所とアピールしていたので、今回のTSMCによる追加投資の発表はこのIntelのファウンドリ会社としてのポジションを揺るがすものに映る。

トランプ大統領はかねてよりCHIPS法による巨額の政府補助金については批判的な立場をとっており、今後のIntelへの支払いが滞る可能性も出てきた。本業での売り上げが低迷し、財政的に困難な現状を抱えている現在のIntelにとっては、発表後4年目になっても大手顧客がついていない製造施設に対する巨額設備投資には慎重にならざるを得ない事情がある。

BroadcomによるIntelの設計部門の買収に立ちはだかる「ポイズンピル(毒薬条項)」

ちょっと前の報道で、「Intel分割/買収」の話題が出たが、製造部門のTSMCによる買収と設計部門のBroadcomによる買収というスキームにこのTSMCの将来投資計画がどうかかわってくるかは現在のところ解からないが、Broadcomによる設計部門の買収については「かなり困難な条件」が存在しているという観測記事が米国のコアなハードウェア関連のWebニュース(Tom's Hardware)に出ていたのでご紹介する。

この記事によると、「IntelはAMDとクロスライセンス契約を結んでいるので、BroadcomがIntelの設計部門を買収しても、AMDが法的な妨害をする可能性がある」、というものだ。この点については長年AMDに勤務して両社がクロスライセンス契約の締結に至った経緯を経験していたので、私自身大変に興味があった。

長年この両社の熾烈な競争を報道してきたこのサイトの深い洞察には感服した。両社のクロスライセンスには、半導体設計にかかわる基本特許を含む両社の膨大なIP(知的所有権)が含まれていて、他社による買収によっても権利が移行されないことを謳った条項が含まれている。いわゆる、敵対的買収を法的に阻止するための法的防衛を目的とした「ポイズン・ピル(毒薬)条項」である。BroadcomによるIntelの設計部門買収の場合で最も問題になるのが、x86アーキテクチャーに関するIPで、特に命令セットとそのマイクロコードの著作権が肝になる。このIPについてAMDとIntelは20年にわたる泥沼の訴訟抗争を繰り返し、最終的に両社が持つIPの全てを持ち合うクロスライセンス契約の締結で全ての訴訟を取り下げた経緯がある。BroadcomにとってIntelの設計部門を買収する最大の価値は、市場をAMD/Intelが分け合うx86アーキテクチャー製品による巨大な半導体市場で、その市場にIntel買収をもって参入をするとなればAMDからの妨害は充分に考えられる。

このような観点から考えると、ゲルシンガーが去った後のIntelの企業価値は急激に低下している印象がある。大きな環境の変化に対応せざるを得ないIntelの今後には多くの困難が待ち受ける。