8月末の米国CHIPS法の成立と、Intelによるシステム・ファウンドリ事業モデルの発表は今後の半導体業界の在り方を大きく変える可能性を示唆する内容だった。
米議会の可決を経てバイデン大統領は、米国における半導体製造の補助金として500億ドルを支給するCHIPS法に署名をした。これは米国内における半導体製造の強化に向けて、来年春からにでも必要な巨額資金を国庫から支給する事を可能とするものだ。それを受けるようなタイミングでIntelは壮大なシステム・ファウンドリ事業モデルの発表を行った。
Intelが発表したシステム・ファウンドリ事業モデルの概要
「最悪の決算」と言われた第2四半期の発表に続き、IntelのCEOであるゲルシンガーが発表したシステム・ファウンドリ事業モデルは実に壮大である。以下がその概要である。
- Intelは複数の性質が異なる半導体チップを1つのパッケージに組み込み、大規模なSoCを形成するChiplet技術を中心に据えて、かねてより提唱しているファウンドリ事業をシステムレベルで展開する。これをIntelは「システム・ファウンドリ事業モデル」と呼んでいる。
- このビジネスを立ち上げるために必要な設備投資の資金調達パートナーとしてカナダのブルックフィールド・アセット・マネジメント社をアポイントした。対象となるのはIntelがアリゾナ州に新設する新たな工場への初期投資である。
- この新設工場に加えて、既存工場の増強、最先端微細加工技術の開発に必要な研究開発・設備投資などに必要な総投資額は将来的にIntelの総売り上げの25%近くに達すると試算される。
この新事業モデルの発表は、Intelが1980年の中ごろ、DRAMビジネスから撤退しマイクロプロセッサーに集中するという、大きなビジネスの転換をした時以来の大きな変革の発表となる。
かつて数々の大きな困難を迎え、それらを思い切った変革で乗り越えてきたIntelらしい大胆な計画で、この3-4年プロセス技術開発の躓きで、AMD/TSMCの協業に大きく遅れを取ったIntelが大きな賭けに出たという印象がある。この大きな発表には以下のような背景がある。
- 今年前半まで続いた半導体の供給不足は、各国に「自国内での半導体製造」の戦略的重要性を強く認識させる結果となり、政府補助金による半導体製造拠点誘致の機運が生まれた。
- 半導体供給不足の状況で明らかになったことの1つに、最先端品のみを追求するだけでは半導体を中心とするサプライチェーンの全体を確保することは困難で、システム全体を構成する半導体を調達するためには多くの異なった種類の半導体が必要だということである。
- Intelは従来の自社設計・製造を一貫して行う垂直統合IDMモデルから、広くデバイスのパートナーを募りChipletに集積する分散型のシステムレベル・ファウンドリ事業モデルに転換する。これにより、自社で手掛ける半導体は最先端から旧世代のプロセスによる製品を製造することでキャパシティー全体の使用率を上げる算段だ。
重大な発表をするIntelのCEO、ゲルシンガーの相変わらずの立て板に水のプレゼンテーションは、いかにも自信に満ちていて、その計画自体は非常にロジカルなものであるが、これを遂行実現することにはかなりの困難を伴うであろうことは誰の目にも明らかである。
企業文化の変革が必要なIntel
米国政府から資金面での大きな支援を受けたIntelではあるが、足元のマイクロプロセッサーのビジネスでは相変わらず宿敵AMDの追撃を受け続けている。将来製品に必要不可欠な最先端の微細加工技術では、独走するTSMCとの差はいっこうに開いたままであるし、TSMCとの協業によりChiplet技術で先行するAMDは、Intelの牙城であるサーバーマイクロプロセッサー市場でEpycの次期製品の投入準備に入っていて、AMDの優位性はしばらく続く予想である。相対的にサーバー/クラウド市場でのIntelのブランド力は低下している。
しかし、なんといってもIntelを待ち受ける困難とは、他の半導体企業とのシステムレベルでの協業であろう。「偏執狂だけが生き残る」という言葉で有名なIntel創業者の一人で永年CEOを務めたアンディー・グローブが築いた、強烈だがともすると排他的なIntelの独特の企業文化は、業界人の多くが共通に感じることである。
実際、Intelは積極的な企業買収で多くの技術を手にしたが、「その技術を自らのビジネスに取り込む」という点では成功した例が少ない。Intelを補完するような技術を持つ企業でも、「Intelに不用意に近づくと技術だけ取られて自社のメリットがないまま終わってしまう」、というのは多くの業界関係者が口にする言葉である。
「Intel入ってる」のキャンペーンで、エンドユーザーに対しては絶大なブランド力を誇るIntelだが、システム・ファウンドリ事業の立ち上げに重要な役割を果たす半導体業界でのパートナーとしてのイメージは今のところ実感がわかないし、大きな未知数である。
かつて、自社のサーバービジネスの拡大のために、自社設計のSPARCアーキテクチャーからx86への転換を目指したサンマイクロシステムズは、マイクロプロセッサーでの協業を模索してAMD/Intel両社と協議を重ねたが、結局AMDが提案するOpteronの全面採用に踏み切った。
そのサンマイクロシステムズのCEOのスコット・マクニーリーが、IntelとAMDのスタンスの違いについて興味深い話をしていたことをふと思い出した。「Intelと話し合いを持とうとしたら、最初にやってきたのは数人の弁護士だった。AMDは営業が来た。これで私の腹はすぐに決まった」。サンマイクロシステムズの採用によってOpteronはサーバー市場で足掛かりを得て、その後HPやDELLが相次いで採用しOpteronの大躍進につながったという経緯がある。
これまで孤高の常勝横綱として業界に君臨したIntelが、業界を挙げての協業スキームでどれだけ成功するかはIntel次第である。