国際関係を論じる場合には必ずその国家の国力について考えることになる。従来の国力のファクターとしては主に、人口/経済力/軍事力の3つの項目が挙げられていたが、現代の国際情勢ではこの3つに「技術」というファクターが加わっている。情報、電子、医療、公共インフラなどの分野で先端技術を保有するかどうかでその国の国力が試される時代になっている。

これらの分野で共通する基礎技術となっているのが半導体である。昨今の半導体の世界的な供給不足によりこの問題は大きく注目されることとなり、各国は対策に乗り出している。各国が抱える個々の事情を合わせて眺めていきたいと思う。

米国

世界最大の覇権国である米国は、上記の国力ファクターのすべての分野で他国を凌いでいるが、現在の関心事はなんといっても猛追する中国に対する技術覇権をどう維持するかである。

半導体が技術覇権の核心部分であることを認識している米国の動きはさすがにダイナミックである。前大統領が「輸出規制」という戦術的な方法で中国を牽制したのに対し、現在のバイデン政権は微細加工技術を駆使した半導体製造能力自体を自国に再び引き寄せる、という戦略的動きに出ている。半導体製造のための国内投資に500億ドル(約5兆5000億円)の補助を決定したバイデン政権が目指すのは、メモリーを中心に日本勢に追い込まれた1980年代以前の米国半導体のポジションを取り戻すことである。

半導体ブランドとしては、AMD、NVIDIA、Qualcomm、Broadcom、Appleなどのファブレス企業が業界をリードしているが、製造となるとIntel以外はTSMCのような国外のファウンドリに頼らざるを得ない。バイデン政権はこの状況を変えるべく前工程の製造拠点(Fab)の誘致に大きなインセンティブを打ち出した。

現在見るところでは、政権の方向性は業界と足並みがそろっているように見える。TSMC、Intel、Samsungといった先端プロセスでの製造が可能な大手3社が米国での工場の新設か増設をすでに表明している。製造装置、材料などの上流サプライチェーンのパートナーとの連携も同盟国の強みを生かし盤石である。この点では前政権のアプローチとは違い、産業構造を認識したうえでの進め方なのでこのまま進めば、実現化の可能性は高い。

  • 半導体チップ

    バイデン政権は半導体を技術力の核心部分と認識している

中国

世界最大の半導体市場を抱える中国は「中国製造2025」という国家目標に驀進したいところだが、要となる国内半導体産業の育成で足踏み状態が続いている。

一番の問題は国内の製造技術が30-40nmプロセスレベルにとどまっていることである。習氏率いる中国共産党はかなり以前から先端半導体の地産地消を目指してきたが、サプライチェーンの全般にわたって外国勢に頼らざるを得ない状況はそう簡単には解消しない。

最近、中国の代表企業ファーウェイが自社ファブの建設を発表をしたが、目標とするプロセスレベルは40nm止まりである。アナログ/パワーなどの半導体製品の供給不足の解消には役立つと思われるが、高度な社会情報インフラを支えるITプラットフォーマー達は高性能なAI機能を持ったSoCを必要としており、こうした最先端のチップは最先端のプロセスがないと製造できない。

SiCやGaNなどの次世代材料での製造技術も積極的に取り込もうとしているが、やはりシリコンベースのパワー半導体のコストパフォーマンスを凌ぐものになるにはまだ相当時間がかかるものとみられる。

中国政府当局による巨大IT企業グループに対する規制強化も気になる点である。中国ネット界の巨人Alibabaは当局の規制によって傘下の金融会社アント・グループの上場計画を断念せざるを得なくなった。情報/金融分野で主導権を握りたい共産党中央部からのこういった規制は、自由な発想によるIT技術の発展を阻害するリスクがある。

  • 半導体製造装置

    半導体製造はサプライチェーン全体を巻き込む巨大産業である

台湾

TSMCの勢いが止まらない。最近でも、今年の第3四半期に4nmプロセスのリスク生産を開始するとの発表があった。今後もファブ建設・増産・製造技術の新たな発表が続く予想である。

台湾の問題はTSMCが躍進すればするほど、米中の技術覇権競争に巻き込まれる可能性が高くなる点である。香港に見られた中国政府による強引な政治手法からは「次は台湾」というロードマップが見えてくる。こうした中で、TSMCの抜きんでた存在は独立国家としての台湾を守る国力の「盾」となっているように見える。海峡での軍事的威嚇を繰り返す中国に対抗するための国力ファクターとしての「技術」を代表するのがTSMCなのである。これからのTSMCの一挙手一投足は単なる半導体ファウンドリ企業としてのそれではなく、台湾という国家全体の国力に影響する大事である。

韓国

世界第2位の半導体ブランドSamsungを擁する韓国は、政府肝入りの50兆円投資を売りにする「K-半導体戦略」で米台中に対抗する。

国内に大きな市場を持たない韓国にとっては、国際競争力は最重要課題である。5月に韓国政府が打ち出した「K-半導体戦略」は、基本的にはSamsungやSK Hynixなどの民間企業自らの50兆円に上る設備投資を中心に韓国政府の税制優遇措置と工業用水・人材確保などのサポートからなっているが、非常に具体的で半導体技術での世界覇権での地位を増強するための実務的なビジネスプランのような内容となっている。

韓国半導体は2年前に起こった高純度フッ化水素の日本からの輸出規制強化で痛い目にあった。これは日本政府による外交報復のようなものであったが、今回の政府による施策では、この教訓を活かしたサプライチェーン全体を強化策が盛り込まれた。300mmのみならず、200mmウェハによる半導体製造の強化にも踏み込んでいる。いかにも現実的なロードマップが並び、官民合同の意気込みが感じられる。

日本

以前も取り上げたが、かつて世界市場を席巻した日本の半導体産業に対する現在の政府の取り組みは上記4か国と比べると非常に見劣りするというのが正直な感想である。

経産省が発表した成長戦略会議の中で触れられている半導体産業についての施策は2桁ほども劣る投資額の言及に過ぎず、まるで意気込みが感じられない。日本政府は東京五輪開催と新型コロナ対策に汲々としている印象だが、サプライチェーンの重要分野を抑えている日本の半導体産業の強味を活かせるような長期的なビジョンに基づいたプランが必要なのではないだろうか。