各国が半導体のサプライチェーンを強化する動きに出ている。その中でも、政権成立後、間髪を入れずにこの問題を取り上げた米国のバイデン政権は早速大統領令に署名し、超党派の賛同を得ている。これを受けて、業界もサプライチェーンの上流・下流の大手どころが結束するコンソーシアムを立ち上げた。「SIAC(Semiconductor In America Coalition)」である。バイデン大統領が「社会インフラ」と位置づける半導体は今や戦略物資の役目を帯びている。

1.業界コンソーシアムSIACが始動

5月11日にSIACが発表したやや短めのリリースを読むと色々見えてくるものがある。

まずメンバーはSIA(米国半導体協会)に加えて半導体サプライチェーンをデバイスからITプラットフォームへと縦断する大手ブランドが名前を連ねる。AWS(Amazon Web Service)、Apple、AT&T、Cisco Systems、GE、Google、HPE(Hewlett Packard Enterprise)、Microsoft、Verizonといった面々である。

コンソーシアム設立の目的は、現在議会で審議中の「5兆円補助金」を確実に通すことである。「半導体は航空、宇宙、自動車、通信、クラウド、医療などあらゆる産業分野での最重要技術となっており、この技術を使用したデバイスを国内で製造することには安全保障上の重要性がある」、というのが彼らの主張だ。今年に入ってから活発化した「半導体製造を米国内で」、という動きは、TSMCに代表される半導体製造ファウンドリが台湾に集中する今日の状態に対する米国が持つ危機感の表れである。リリースをいろいろな角度で読んでみると以下の興味深い点が垣間見える。

  • コンソーシアムの主導的立場を担っているのは殆んどの米国半導体メーカーが加入しているSIA(米国半導体協会)である。米国の産業別協会の中では政府への影響を強く持ち、歴史的にも多くの実績がある活発な圧力団体である。かつてはメンバー企業の多くが自社工場を保有し運営していたが、今では大規模なファブを運営しているのはIntelのみとなってしまった。Intelはかつての初代CTO、パット・ゲルシンガーがCEOとして復帰し、「IDM2.0」と呼ばれる大規模なファウンドリ・サービスの開始を発表したばかりである。
  • コンソーシアムはSIAの他にはデバイスの大手ユーザーが加入している。ユーザーメンバーは主に通信・クラウドの大手ブランドであり、現在その供給問題が最も深刻となっている自動車ブランドは見受けられない。最も興味深いのは半導体製造装置・材料などのメーカーが加盟するSEMIが参加していないことである。半導体サプライチェーンの最も上流に位置するSEMIの顧客構造が高度にグローバル化していることが不参加の理由であるとみられる。
  • SIA(米国半導体協会)とボストンコンサルティングがまとめた報告書「不確実性の時代における世界半導体サプライチェーンの強化について」では半導体サプライチェーンの50以上の分野で米国外のサプライヤーが65%以上のシェアを持つと指摘、現在の半導体サプライチェーン産業構造の脆弱性について警鐘を鳴らしている。半導体ウェハの供給で信越化学とSUMCOが世界中のシェアの65%以上を担っているのはその典型例である。
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    かつてAMDがテキサス州オースチン市で運営していたFab.25 (著者所蔵イメージ)

2.Globalfoundriesの母体となったAMDのドレスデン工場

私が勤務していたころのAMDはテキサス州のFab.25に加えて、社運を賭けた独自アーキテクチャーによるK7プロセッサーの量産のためにドイツのドレスデン市に最新鋭の工場を竣工していた。

古都ドレスデン市は第二次大戦中に連合軍の空爆を受け市内中心部は全壊したが、戦後IBMが協力して、粉々になった古い教会の石の破片を一つ一つ仕分けして再構築した事で有名だ。

私はドレスデン工場の鍬入れ式から完成式、その後のカスタマーとの訪問を含めると少なくとも5-6回はこの美しい街を訪れる機会を得た。あまりにも美しい街なので今でもその記憶は鮮明だ。

AMDがドレスデンに主力工場を据える決定をした条件は以下のようなものであった。

  • ドレスデン市が属するザクセン州が工場誘致のための税制優遇措置を積極的に展開し、工場用地として空港に大変に近い土地を提供してくれた。
  • エルベ川を挟んで展開したドレスデン市は豊富な水資源、電源、堅牢な地盤などの地理的な面で半導体工場建設にはうってつけの条件を備えていた。
  • 旧東ドイツの優秀なエンジニアリング人材が豊富に揃っていて、工場運転に必要な人材があっという間に集まる状態だった。工場勤務のエンジニアであるのに、英語が流ちょうな博士号を持った人がゴロゴロいたことをよく覚えている。

ドレスデン工場は順調に竣工し、AMDの現在を築いたK7プロセッサーの生産を何世代にもわたってサポートしたが、2009年に独立のファウンドリ会社Globalfoundries社としてスピンオフしてAMDはファブレスとなったことは皆さんがご承知の事だと思う。

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    AMDドレスデン工場のお土産用キーホルダー (著者所蔵品)

3.各国が外交アジェンダに組み込む半導体生産

米国のSIAC設立のニュースでも明らかなように、半導体はここ数年で世界中で政治化してきている。

バイデン大統領が「社会インフラ」と言い切るように、近年の供給不足は各国政府の危機感をあおる形となって、半導体製造能力の可否が俄然注目されるようになった。

世界最大のファウンドリ会社であるTSMCは米アリゾナ州での工場拡張を決定しているが、それ以上の設備投資はあくまで本国台湾を中心に行うことが明らかとなっている。自動車用半導体の増産を決定するなど、米国・欧州を始めとする世界の半導体供給への協力は表明しているものの、台湾という地政学上非常に不安定な立場にあるだけに、米中の激しい覇権争いの中ではビジネス的にはできるだけ中立的なポジションを保ちたいということであろう。

米国の半導体業界の旗艦企業Intelはファウンドリビジネスに復帰する表明をしたが、そのIntelと規模を争う韓国のSamsungは、ムン・ジェインとバイデン両大統領の会談の時期に合わせて半導体工場建設に米国での2兆円近い投資を発表した。ただし場所はまだ決まっていない。米政府の補助金を念頭にしているのは明らかである。欧州・インドなども半導体ファウンドリ会社に秋波を送っている。今後、半導体ビジネスの幹部には各国の外交アジェンダを意識した意思決定が要求される。