Microsoftが新製品となる「Surface Pro X」に独自開発のプロセッサー「Microsoft SQ1」を採用したと発表した。このところ、半導体メーカー以外での独自SoC開発の発表が相次いでいる。Appleは随分と前からiPhoneのCPUに独自開発の「Aシリーズ」を採用しているし、Samsung、Huaweiなどの他のスマートフォンメーカーも独自開発のSoCをメインCPUとして使用してきた。x86汎用プロセッサーが世界のCPU需要の9割以上を掌握した時代を生きた私にとっては、これらのカスタムチップが次々と登場する状況は一種異様な光景に映る。

かつてCPUに代表される大規模なLSIの独自開発は一大事であった。私は30年にわたる半導体業界での仕事人生で、実にたくさんの種類のCPUが登場しては市場から去って行ったのを目にしている。

参考:吉川明日論の半導体放談 第36回 記憶に残る傑作CPUたち(前編)

かつては各社が長い開発期間と膨大なコストをかけて独自開発したCPUたちが満を持して発表され、激しい市場競争にさらされ消えていった。しかし今日、状況はまさに一転した。百花繚乱の大規模SoCの独自開発の状況について概観してみる。

Microsoft SQ1が開発された意義

MicrosoftがSurfaceの新製品の中に自社開発SoCであるMicrosoft SQ1をCPUとして採用したというニュースはかなりインパクトのあるものだった。

SQ1はArmコアベースのSoCでQualcommとの共同開発である。報道から伺えるスペックはかなり高く、相当に作りこんだ大規模SoCである。Surfaceが市場に出始めたころはすべてがIntelベースのx86プロセッサーであったが、最近のSurfaceのラインアップにはAMD製のx86プロセッサーにQualcomm製のArmベースのものも加えられ、そして今回の発表で、MicrosoftがメインCPUとして独自開発のSoCを用意していたことが明らかになった。報道を見るとMicrosoftはSurfaceのハードウェアについてはその使い勝手と製品の差別化を追及するべく、CPUを含む半導体レベルの独自製品開発に果敢に乗り出したことが十分にうかがえる。

Microsoftはゲーム機であるXboxシリーズにはAMD製のCPU+GPUのかなり大規模なSoCを採用している。ゲーム機は息の長いビジネスで生涯生産台数は何千万台もの大変に大きな数字になる、しかし、今回発表のSurface一製品ではそれほどのボリュームは期待できない。半導体のビジネスモデルの肝は量産によるコスト低減にあるので、今回のMicrosoftの発表は大変に際立ったものとなった印象である。

Microsoftの2019年4-6月の決算報告によると、四半期の利益は1兆円以上になったという。この経済規模を持ってすれば、MicrosoftにとってはSoCの開発費はそれほど大きな投資ではないという考えなのかもしれない。Microsoftはそこまでの投資をしても、Surface製品の差別化を図る価値があると判断したということであろう。

  • SoC

    億を超えるトランジスタが爪の先サイズに収まる現代のSoC (著者所蔵イメージ)

スマホ/巨大プラットフォーマー各社のSoC

前述のように、スマートフォン(スマホ)大手各社はそれぞれが自社開発のSoCをCPUに据えている。Appleの「Aシリーズ」、Huwaweiの「KIRIN」(子会社のHiSilicon製)、Samsungの「Exynos」などが主要なところであるが、スマホの場合は出荷台数が何千万台あるいは何億台という巨大なものとなるので、エンド製品での差別化に独自SoCを開発することは十分に理に適っているといえる。これらのスマホ向けSoCのほとんどが低電力でコンパクトなArmコアであることも特徴である。

かたやAmazon、GoogleやFacebookなどの巨大プラットフォーマーも独自SoCの開発を積極的に進めている。こちらはベクトル演算、並列計算などを多用するAI、深層学習(DL)などの分野での性能向上を目指したSoCといえる。エンドユーザーへのサービス向上、差別化のためには汎用のCPUやGPUではなく自社サービスに必要なタスクに特化した大規模なSoCの独自開発が重要な要件となっているのであろう。EVのパイオニアであるTeslaも独自チップ開発を終えたと伝えられている。

SoCの独自開発を積極的にサポートするArmとRISC-V

SoCのCPUコアを提供するArmとRISC-Vの2つの陣営も積極的な活動を展開している。RISC-Vは最近の日本で開催したカンファレンスの模様からも伺えるように、ロイヤリティーフリーとオープンアーキテクチャーを前面に押し出してかなりの盛り上がりを見せている。

組み込み用途に重要となるコストの低減と、ベンダーに縛られない差別化のしやすさが多様化するアプリケーションの要求の面から評価されている証拠である。こうした動きを意識してか、Softbank傘下に入ったArmも活動をさらに加速させている。最近の報道を見ているとArmのターゲットはエッジノードでのAI機能強化の方向性を向いているようである。こうした動きは巨大プラットフォーマーのサーバー側の大規模SoCの独自開発の動きと連動してますます盛んになっていくと予想される。

SoC新時代を可能にしたTSMCという存在

私が過去に経験した独自アーキテクチャーが乱立し、あえなく消えていった過去の状況と、大手ブランドがこぞって独自開発SoCを進める現在の状況は下記の点で決定的に異なっている。

  • 相次ぐM&Aと業界再編とグローバル化の結果、個々の企業の経済規模はかつてなく大規模になっている。前述のようにMicrosoftの四半期利益は1兆円を超える規模である。独自開発SoCのコストはこの経済規模をもってすれば十分に吸収することができる。
  • グローバルにビジネスを展開する巨大企業が乱立する状況では、製品、サービスの差別化は最重要事項である。差別化ができなければすぐにコモディティー化し、価格での差別化という試練に見舞われる。
  • かつて大規模SoCのようなカスタムチップを起こす事は一大事であった。設計コストに加え、製造するためのFabへの投資とその結果起こる減価償却費の会社財務へ圧迫は大きなリスクであった。しかしこの状況は最先端プロセスを用意して多数の顧客の製造需要を一手に引き受けるTSMCなどの巨大ファウンドリーの出現で一変した。最近の報道によればTSMCは7nm以下の最先端プロセスへ開発への投資を加速している。この投資は大口顧客を多数抱えることによって十分なリスクに対する担保ができる。巨大企業が業界での役割を分担することにより、無敵のビジネスモデルが成立している。

社運を賭けたカスタムチップが出現してあえなく消えていった状況を見てきた往年の半導体屋としては、なんとも複雑な気持ちであるが半導体業界の成長はまだまだ続く。