年間約2万トンが廃棄されるバルク
化粧品業界とSDGs。そう聞くと「化粧品の容器」を思い浮かべる人は多いだろう。石油由来の樹脂に比べて70%近くのCO2を削減できるとされるバイオマス樹脂や、飲料用プラスチックボトルを100%リサイクルして生まれる再生PET樹脂を使ったものなど、サステナブルな容器は続々と登場している。→過去の「SDGsビジネスに挑む起業家たち」の回はこちらを参照。
一方で、サステナビリティというテーマとは対照的に、大量に廃棄されるものの1つが「化粧品バルク(以下、バルク)」と呼ばれる、化粧品容器に小分け充填する前の中身である。化粧品メーカーでは商品を研究開発する際、幾通りもの色味を試作する。
サンプルの中には商品化されないバルクも数多くある。それらは化粧品として使えるにも関わらず、世に出ることなく捨てられる運命だ。後述するモーンガータの独自調査によると、生産過程などで化粧品メーカーから出るバルクの廃棄量は、国内上位5社だけで年間約2万トンもあるという。
そんな中、捨てられることが業界の常識だったバルクを再利用する、新しい取り組みが注目を集めている。凸版印刷とモーンガータが開発し、東洋インキが協業して製造したインキ「ecosme ink(エコスメインキ)」である。
ecosme inkを使って販促物や資材、パッケージの印刷に活用するアップサイクルを行い、化粧品メーカーのSDGsの取り組みを支援することが10月25日に発表された。
ecosme inkのプロジェクトに関わってきた凸版印刷 情報コミュニケーション事業本部 マーケティング事業部 ビジネスプロデュース本部2部3チーム 係長の安河内 雅人さん、モーンガータ 代表 田中寿典さんに本取り組みについてお話を伺った。
捨てられる化粧品を有効活用できないか
凸版印刷がモーンガータに声をかけたことで誕生したecosme ink。安河内さんがバルクに着目したのは、5年ほど化粧品業界を担当して印刷関連案件を受託する中で、自社からクライアントに主体的に提案できることはないかと、化粧品に関わる課題感を調査し始めたことがきっかけだった。
社内の女性たちにヒアリングすると、化粧品を使い切れずに捨ててしまう際、罪悪感をおぼえているとの声を多く耳にした。「化粧品 廃棄」などのキーワードで先行事例を探すうちに、モーンガータの製品「SminkArt」と出会う。SminkArtは使わなくなった粉末状の化粧品を絵具へと変身させるキットだ。
モーンガータ創業前、田中さんは化粧品メーカーで研究開発に従事し、廃棄される化粧品の試作サンプルや工場から排出される多量のバルクに対し「もったいない」「なんとか活用できないか」との思いを抱いていた。
「化粧品はリサイクルの難易度が高い商材で、化粧品を化粧品として復活させることは困難といえます。一方で、化粧品の素晴らしい特性のひとつに安全性の高さがあります。その特性を生かしたまま他のものに転化しやすく、“色味の素材”として活用すれば、その可能性は無限に広がるのではと考えました」(田中さん)
「循環型」の座組みを4社で実現
こから、アイシャドウやチークなど、ラメやパールを含む華やかな化粧品を絵具化できないかと思案して開発したのがSminkArtだった。その思想に共感した安河内さんが田中さんへアプローチし、2021年7月にプロジェクトのキックオフを実施。
「田中さんのお話を聞いて、化粧品が絵具に生まれ変わるなら、インキを作れる可能性もあるのではないか、弊社の技術やアセットをモーンガータの知見と融合させると、双方にとって良い取り組みができるのではと考え、研究開発を進めてきました」(安河内さん)
化粧品メーカーと凸版印刷、モーンガータ、東洋インキの4社の座組みはまさに「循環型」だ。モーンガータが化粧品メーカーからバルクを買い上げて管理し、凸版印刷はモーンガータからバルクを調達し、東洋インキに委託して製造したインキを用いて販促物・資材などを制作し、化粧品メーカーに販売する。
完成したecosme inkは、キラキラと輝くラメが映える光沢感のある質感で、視覚的な美しさも特長的であり、化粧品という原料の魅力が大いに表現されている。
化粧品=知財情報というハードルを乗り越えて
現在、コーセーと花王がecosme inkの開発に協力している。具体的には、各研究所で品質追求・品質管理のプロセスで役目を終えた化粧品、最終的に商品にはならなかった化粧品をモーンガータに提供(原料として販売)するとともに、自社の化粧品から作られたecosme inkを自社の取り組みに活用している。
コーセーは2023年1月より、ecosme inkを直営店であるMaison KOSÉ(銀座・表参道)のギフトボックスなどの包装資材の印刷に活用するほか、将来的には多様なブランドで採用し、商品包装や販促物、店舗装飾などに活用していく予定と発表。花王はすでにメイクアップ化粧品を再利用した絵具を活用するイベントを展開し、11月からは自社の化粧品を原料とするecosme inkの試作・検証も開始している。
ここで「ecosme inkはバルク提供元のメーカーでしか活用しないのか?」と疑問に感じた方もいるかもしれない。現時点ではその通りである。というのも、化粧品メーカーとしては廃棄予定のものとはいえ、化粧品の成分情報という知財情報を他社に開示することはできない。その特性を考慮し、原料であるバルクの中身や成分を相互に安全性を確認した上でecosme inkを製造する仕組みとした。
この仕組みで進めるにあたり、バルク調達元とそのバルクで作るecosme ink販売先が同一メーカーであることが、現時点では最良の落とし所といえる。
自社の資源をより良く使う、クローズドのリサイクル
コーセーの取り組みでは、コーセーが廃棄予定のバルクをecosme inkにして、コーセーの化粧品販売に使う制作物の印刷で活用する仕組みだ。自社の資源を余すことなく使う、クローズドのリサイクルである。2023年1〜3月ごろにはecosme inkで印刷した制作物ができるという。
なお、リリース配信後、凸版印刷とモーンガータには多くの企業からecosme inkを使いたいとの問い合わせが寄せられている。ecosme inkを印刷用インキとして外販する方法を検討中だ。バルクの成分開示を可とするメーカーも出てきており、そのようなメーカーと組めばecosme inkの一般販売の可能性も出てくる。そのため、2024年中をめどに準備を進めているという。
「印刷物は量産するものですが、現在は小ロットでしか試せていません。本番品を作ると課題も出てくるはずです。外販を始めた際、印刷がうまくいかないなどのトラブルが出ないよう、クローズドリサイクルの中で、想定されるリスクや課題を洗い出して、一般販売を目指していきます」(安河内さん)
ecosme inkはこれまでにほとんど例のない、化粧品の“中身”の有効活用事例といえる。容器という“外身”は硬質なプラスチック素材や金属で構成された複雑な作りのものが多く、空き容器を回収しても分別や資源化が難しいのが実情だとする田中さんの話も印象的だった。「難しい」と諦められている部分にこそ、持続可能な取り組みへのヒントが隠れているのかもしれない。