今回も前回・前々回に引き続き、2025年に来航した「珍しい海外の艦」に関する話題を。今回は初の来日となった、ノルウェー海軍のイージス艦を取り上げてみる。連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
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フリチョフ・ナンセン級フリゲート「ロアール・アムンセン」。いわずと知れた、南極点到達でおなじみの探検家の名前を艦名にいただいている。東京にいるのだと分かるように、東京タワーを背景に置いてみた 撮影:井上孝司
スペイン海軍のアルバロ・デ・バサン級から派生した
このクラスは、前回にちょっと言及したオーストラリア海軍のホバート級駆逐艦と同様に、スペイン海軍のアルバロ・デ・バサン級フリゲートをタイプシップとしている。
しかし、ノルウェー海軍のフリチョフ・ナンセン級はだいぶ艦容が異なる。搭載するレーダーが小型版のAN/SPY-1Fだから小さくて軽いし、それを組み込む構造物の形も違う。というと話の順番が逆で、小型軽量化・低コスト化のためにAN/SPY-1Fにしたというべきか。
AN/SPY-1Fのアンテナ素子数は1,856個とされている。これは、AN/SPY-1AやAN/SPY-1Dの4,480個と比べると大幅に少ない数字。アンテナ・アレイの重量が、単純にアンテナ素子の数に比例すると考えると、AN/SPY-1Fのアンテナ・アレイは、AN/SPY-1Dと比べて重量を半分以下に減らしていると考えられる。
もちろん、アンテナ素子が減る分だけ性能は落ちるが、求める能力とコストのバランスを考えた上での結論であろう。それに、高いところに位置するアンテナ・アレイが軽くなれば、重心を低く抑えることにもなる。
もちろん、レーダーや艦橋からの視界を広くとるには高い位置に設置する方がいいが、その結果として転覆しやすくなっても困る。荒れることの多い北大西洋や北極海方面を主戦場とするノルウェー海軍にとっては、重心の低下と復元性の確保は重要な要素であろう。
イージス艦だが防空艦とはいえず
フリチョフ・ナンセン級はイージス艦の一員ではあるが、搭載する艦対空ミサイルは、イージス艦で一般的に用いられるSM-2より短射程の、RIM-162 ESSM(Evolved Sea Sparrow Missile)になっている。この点に、このクラスの性格が現れている。
おそらく、広域防空を担当する艦隊防空艦とは位置付けられていない。そもそも、このクラスはノルウェー海軍で唯一の大型水上戦闘艦だから、特定の用途に秀でていることよりも、リーズナブルな経費で、満遍なく任務をこなせる汎用性を実現することが重要だ。
とはいえ、有能な指揮管制システムとレーダーは欲しい。それを新規に開発していたらリスクも経費も無視できないものになるから、実績があるイージス・システムと、軽量版のレーダーを組み合わせた。そんな図式になろうか。そういうところは、オーストラリア海軍が建造計画を進めているハンター級フリゲートとも共通する。
なお、ミサイル発射機はイージス艦のお約束でMk.41垂直発射システム(VLS : Vertical Launch System)だが、その数は必要最低限、1モジュール8セルしかない。ESSMは「クワッド・パック」で1セルに4発収まるから、ミサイル搭載数は32発。個艦防空用としては充実した部類といえる。
そのVLSの設置位置は、中心線の右舷側にオフセットしている。その理由は、左舷側にもう1モジュールを増設する余地を確保しているため。しかしノルウェー海軍は、本級の後継として英海軍の26型フリゲート(をベースとする同型艦)を導入すると発表してしまったから、いまさらVLSを増設することはないだろう。
極地での運用を想定したと思われるあれこれ
AN/SPY-1Fレーダーの上に、対水上レーダーやIFF(Identification Friend or Foe)、Link 16データリンクなど、さまざまな用途のアンテナを載せている。そういう場面では棒材を組み合わせてマストを形作ることが多いが、フリチョフ・ナンセン級ではもっとガッチリした箱状の「構造物」としている。
もちろん、レーダー反射断面積(RCS : Radar Cross Section)を減らすためという理由もあろうが、荒天や氷結が発生しやすい運用環境を考慮して、複雑に入り組んだ構造を避けたのではないかとも思える。鉄骨を組み合わせたラティス・マストの隙間に雪氷が入り込んだら重心が上がるし、落とすのが面倒そうでもある。
第二次世界大戦中に、ノルウェー北方のバレンツ海を通ってソ連に向かった輸送船団(と、それに随伴した水上戦闘艦)の写真を見ると、冬季には甲板やマストに分厚く氷がくっついてしまっているものがよくある。
そのままでは重心が上がって転覆しやすくなるし、兵装の動作にも支障をきたすから、砕いて取り除かなければならない。ウィンストン・チャーチル首相(当時)が「世界で最悪の航路」と呼んだのも宜なるかな。
そこで「ロアール・アムンセン」を見ると、甲板の上に索が固定されており、乗組員はそこに身体をつないでいた。高所作業のときに転落防止索を使うが、それと同じような仕掛けだ(海上自衛隊の潜水艦では、出入港のときに潜舵の上に乗組員が出てくるが、このときにもセイルの側面に設けた手摺に転落防止索をつないでいる)。
そして、東京国際クルーズターミナルで着岸した後に、艦橋の上に設置した遠隔操作式ウェポン・ステーション「シー・プロテクター」のメンテナンスを始めた乗組員も、甲板上に張られた索に転落防止索をつないでから作業をしていた。
もちろん、真夏の東京なら海に落ちても生命に別状はないだろう。しかし、真冬に極地方面で露天甲板に出て作業をすることになれば話は別。また、舷側や上部構造物の周縁に、転落防止柵ないしはそれに類する設備がない事情も影響していると思われる。
そこで安全のために、季節や場所に関係なく、転落防止の仕掛けを使うようにしているのではないか。こういうのは、普段から習慣化しておかなければならない。もっとも、甲板が氷結したら、まず転落防止索をつなぐだけでひと苦労ではないだろうか。
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナ4ビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第6弾『軍用通信 (わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。



