第513回で、イージス・システムにおける仮想化技術の導入について取り上げた。その後にいろいろと新たな動きがあったので、改めて、イージスの仮想化というテーマについて取り上げてみたい。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

実艦への導入が始まっている仮想化システム

米海軍では、イージス戦闘システムの仮想化計画を推進しており、これをVACS(Virtualized Aegis Combat System)と称している。まず、タイコンデロガ級巡洋艦の「モントレイ」(CG-61)をテストベッドとして、武器に接続しない状態で導入・試験を実施した。

次に、アーレイ・バーク級駆逐艦「ウィンストン S.チャーチル」(DDG-81)への導入を実施。同艦のシステムは2023年7月に稼働を開始して、すでにCSSQT(Combat System Ship Qualification Trials)を済ませている。

  • VACSを導入した駆逐艦「ウィンストン S.チャーチル」 写真:US Navy

さらに、同型艦の「レナ・サトクリフ・ヒグビー」(DDG-123)でもVACSの導入作業を進めている。2023年時点の報道では、さらに2024年に5隻、それと陸上試験施設4カ所に導入する計画としていた。

第498回で、仮想化環境の上で走らせるイージス武器システム(VAWS : Virtual Aegis Weapon System)に言及した。VAWSがあれば、「イージス・システムの頭脳は欲しいが、イージス艦がまるごと要るわけではない」という場面で、「頭脳の部分だけちょっと貸して」という使い方ができる。それとVACSは、同じ「仮想化」でも別物である。

VACSは、従来は専用のコンピュータを用いて走らせていた艦上のイージス・システムを、仮想化環境の上で走らせるものだ。あくまでモノはイージス艦で、その中で使用するコンピュータ環境が変わるという話である。

イージスを仮想化することのメリットとは

第513回でも触れたように、仮想化技術を適用することで、ソフトウェアの更新を迅速にできると考えられている。米海軍でイージス・システムを所掌しているPEO IWS(Program Executive Office for Integrated Warfare Systems)では、「すでに数日で更新を実施した実績があるが、将来的には数時間で済ませるようになる」と説明している。

「ハードウェアへの依存性を減らせる」「旧いコンピュータを追い出せる」「バージョンアップしたソフトウェア一式の配布がやりやすい」とかいったところが、一般的に仮想化のメリットとして挙げられるが、それだけの話ではない。

仮想化技術を使用すると、物理的には1台のコンピュータであっても、(十分な処理能力があれば、という前提付きだが)複数台分の仕事をさせられる。すると、コンピュータ・ハードウェアのフットプリントを小さくできる。

そして、イージス戦闘システムの仮想マシンが走るという前提条件を満たしていれば、コンピュータは汎用品でもよい。そこで現行の製品よりも小型のコンピュータ機器を用意できれば、艦内に機器を設置する作業が容易になる。

2024年9月にニュージャージー州ムーアズタウンにあるロッキード・マーティンのロータリー&ミッション・システムズを訪れたときに、最新仕様のイージス戦闘システムで使用している艦載コンピュータ・CPS(Common Processing System)の現物を見かけた。(CPSの話は第506回でも取り上げたことがある)

これは、筆者の身長ぐらいの高さがあるキャビネットに収まっていた。素人目には小さいとはいえないが、これでも昔の艦載コンピュータと比べたら劇的に小型化されている。

そこから、さらなる小型化が実現すれば、設置する作業が楽になるだけでなく、艦内のスペースに若干ながら余裕ができる。だいたい軍艦の艦内というのは、武器や各種の機器やその他のあれこれでギッシリ埋まっていて、あまり空間的な余裕はないものである。

コンピュータ機器の数が少なくなれば、空調や冷却の負担を抑えられるとの期待も持てる。もっとも、台数が減った分だけ1台あたりの発熱が増えれば同じことかもしれないが。

セキュリティや冗長化にも効きそうな仮想化技術

仮想化技術を用いると、1台の物理コンピュータ上で仮想マシンを複数用意して、それぞれが独立する形でアプリケーション・ソフトウェアを実行できる。これは、リソースを食い潰される問題の回避に役立つだけでなく、セキュリティの面でもメリットがある。以前にも書いたように、仮想マシンが別々なら、アプリケーション・ソフトウェア同士を隔離することになるからだ。

冗長性の面はどうだろうか。機能ごとに別々のコンピュータを用意して、かつ、それを冗長化することになれば、必要なコンピュータの数はシンプルに増加する。しかし仮想化技術を使えば、1台で複数台分の仕事ができるから、台数の増加を抑えるようなことも、もしかしたら可能かも知しれない。

もし、ある物理コンピュータがダウンしても、別のコンピュータにホストしている仮想マシンを立ち上げれば、代わりが務まる。ある仮想マシンがダウンしても、同じ機能の仮想マシンを立ち上げ直せば、代わりが務まる。

ただし、システムが稼働している最中に引き継ぎを行うことになると、引き継ぎ元と引き継ぎ先の間でデータをどう整合させるか、という問題がついて回る。メインと予備の両方が、常に稼働しながらデータをやりとりして同期させるようにしないとまずいだろう。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。