ここ数回、ニュージャージー州ムーアズタウンにあるロッキード・マーティン社ロータリー&ミッション・システムズ部門の事業所を訪れたときの話題をお届けしてきたが、今回から「システムの統合化」に戻る。
「領域横断」がはやり言葉になって、しばらく経つ。ただ、最終的にすべての戦闘空間にまたがる統合指揮統制インフラストラクチャを目指すのだとしても、簡単には話は進まない。いきなり大風呂敷を広げると大コケするのは、この業界ではよくあること。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
領域横断型のシステムでは段階的なアプローチが求められる
そもそも、最初からいきなり大風呂敷を広げるのは、“イージスの父” ことウェイン E.マイヤー大将(退役)がイージス・システム開発の際に掲げた「小さく作って、小さくテストして、そこから多くを学ぶ(Build a Little, Test a Little and Learn a Lot)」という理念と真っ向から対立する。
ちなみに、アーレイ・バーク級駆逐艦の58番艦が「ウェイン E.マイヤー」と命名されている。ニュージャージー州ムーアズタウンにある、ロッキード・マーティンのロータリー&ミッション・システムズを訪れたところ、廊下の壁に、このフネとマイヤー大将をフィーチャーしたパネルが飾られていたのが目を引いた。
閑話休題。第497回から第500回と4回にわたって2023年のDSEIを、ロッキード・マーティンの「DiamondShield」やシステマティックの「SitaWare」といった指揮統制システムを取り上げた。このとき、「既存の指揮統制システムを御破算にするのではなく、陸海空・それぞれの分野ごとにある既存の指揮統制システムは維持して、その上に領域横断型のシステムをかぶせる」というアプローチに言及した。
つまり、最初は戦闘空間ごとに指揮統制システムを熟成する。次に、「領域横断型指揮統制システム」の帽子を被せて、それらの戦闘空間からデータを上げさせたり、指令を下達したりする。こういうアプローチを取る方が低リスクであり、“小さく作って、小さくテスト” することにもなる。
これも第386回で取り上げている、ノースロップ・グラマンのIBCS(Integrated Battle Command System)が、やはり似たようなアプローチを取っている。まずはパトリオット地対空ミサイルみたいに喫緊に必要とされる部分でIBCSを持ち込んで、熟成するとともに知見を積み上げる。それから段階的に版図を広げていこうという訳である。
オーストラリアのProject Air 6500 JABMSとは
といったところで、オーストラリア空軍の次期指揮管制システム導入案件・Project Air 6500 フェーズ 1である。計画名称はJABMS(Joint Air Battle Management System)という。日本語に逐語訳すると「統合航空戦管制システム」となろうか。
実は、2024年9月10日にロッキード・マーティンのロータリー&ミッション・システムズを訪問した際の「お題」のひとつが、このJABMSだった。ロッキード・マーティンはキネティック(QinetiQ)と組んで、この件を担当している。
JABMSは、オーストラリアの空軍が主導する統合防空・ミサイル防衛(IAMD : Integrated Air and Missile Defence)実現のためのプログラム。将来構想として、領域横断型の指揮統制システムに発展させる考えがある。
しかし前述したように、いきなり大風呂敷を広げれば大コケするリスクも大きくなる。そこで、まずは「空軍向けのIAMDシステム」から話を始めることにした。よって計画を主導するのは空軍であり、“Project Air ほげほげ” という計画番号もそのことを示している。
しかし海軍や陸軍もJABMS計画に参画している。実際問題、IAMDという話になればオーストラリア海軍はイージス艦を持っているし、陸軍も自前の防空システムを持っている。それらを単一の “傘” の下に入れて統合指揮できれば、より効率の良い防空を実現できると期待できよう。
こうしたアプローチは、航空自衛隊の指揮統制システムJADGE(Japan Aerospace Defense Ground Environment)を対象とする改良計画が動き始めている我が国にとっても、示唆に富んだものであるかもしれない。
オープン・アーキテクチャは当然の要件
業界の御多分に漏れず、JABMSもオープン・アーキテクチャ化した設計で、将来の発展性も考慮に入れている。センサーとしては一般的なレーダーだけでなく、Silentium製のパッシブ・レーダーを組み合わせる話もあるという。
ちなみにオーストラリアは国土の広さを反映してか、短波(HF : High Frequency)を使用する超水平線レーダー(OTH : Over the Horizon radar)、JORN(Jindalee Operational Radar Network)を配備している。以前にも触れたことがあるが、探知可能距離は3,000kmほど。1号機をクイーンズランド州のロングリーチ、2号機を西オーストラリアのレバートン、3号機をノーザン・テリトリーのアリススプリングスに設置している。つまり東方と西方と北方に向けた布陣である。
ロッキード・マーティンはBAEシステムズと組んで、JORNの改良計画にも参画した。そのJORNは2042年まで運用を続けることになっている。そしてカバレージの広さからすれば、JORNが将来的にJABMSに組み込まれることになっても、何の不思議もないだろう。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。