今回のお題は、イージス・システム。「イージス艦といえば、対空戦闘やミサイル防衛のためのものではないの?」というのが一般的な認識かもしれないが、実はそういうわけでもない。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
イージス・システムを支える2つのシステム
いわゆるイージス・システムは、対空戦闘の部分を受け持っている部分である、イージス武器システム(AWS : Aegis Weapon System)と、対空戦闘以外のシステムがある。
イージス武器システム(AWS)
AN/SPY-1レーダーや指揮決定システム(C&D : Command and Decision)、武器管制システム(WCS : Weapon Control System)、SM-2艦対空ミサイルとSM-2を撃ち出すためのミサイル発射器は、AWSに属している。
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中核となるイージス武器システム自体、このように複数のサブシステムを組み合わせた統合システムである。さらにこの外側に、電子戦、巡航ミサイル、対艦ミサイル、対潜戦、近接防御などのシステムが連接される 引用:Lockheed Martin「The Modernization of the Aegis Fleet with OpenArchitecture」
イージス戦闘システム(ACS)
一方、対空戦闘以外のシステムとしては、ソナーを中核とするAN/SQQ-89対潜戦システム、AN/SLQ-32電子戦システム、艦載砲、艦対艦ミサイル、艦載ヘリコプター、トマホーク巡航ミサイルとその管制システムなどが挙げられる。
こうした、イージス武器システム以外の諸機能もAWSと連接しており、それらをひっくるめた全体をイージス戦闘システム(ACS : Aegis Combat System)という。対空戦闘以外の機能も連接しているわけだから、ACSは対空・対水上・対潜といった、水上戦闘艦が直面する各種の任務に対応できる、統合戦闘システムだといえる。だから本稿のお題として取り上げた。
ややこしいことに、同じMk.41垂直発射システム (VLS : Vertical Launch System)から撃ち出す武器でも、SM-2はAWSの持ち分だが、トマホークや対潜ロケットVLA(Vertical Launch ASROC)はAWSの持ち分ではない。それぞれ専用の管制システムがあり、それがACSに組み込まれている。
なぜ統合するのか
イージス・システムを搭載する水上戦闘艦のことをイージス艦というが、これは一般的に、艦隊防空艦とみなされている。防空艦とはすなわち、対空戦闘を表芸とする艦である。「それなのに、どうして対空戦闘以外の機能も連接しなければならないのか」と思われるかもしれない。
しかし実のところ、対空戦だけが完全に他の分野から切り離されて、独立して戦闘行動を行うとは限らない。
例えば、敵の対艦ミサイルが飛来すれば、自衛のために電子戦システムが必要になる。ESM(Electronic Support Measures)で、敵対艦ミサイルの誘導レーダーが出す電波を逆探知して脅威の飛来を知り、次にチャフを撒いたり、ECM(Electronic Countermeasures)を作動させて妨害を試みたりする。その前段階として、AWSが脅威の飛来を把握していれば、より確実な対処が可能になると期待できる。
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左右にあるAN/SPY-1D(V)レーダーはイージス武器システムとワンセットだが、艦橋ウィング直下の張り出しに載っているAN/SLQ-32(V)6電子戦システムは別個のシステム。それをイージスと連接している 撮影:井上孝司
それでも駄目なら、CIWS(Close-In Weapon System)を作動させる必要がある。CIWSは自前の捜索レーダーを持っているが、外部から「脅威はあっちだ」と指示してやる方が、迎撃成功の確率は向上するだろう。
そして現在、イージス戦闘システムの一環として動作するレーザー兵器「HELIOS(High Energy Laser with Integrated Optical-dazzler and Surveillance)」の開発が進んでいる。これが実用化されたら、自衛のための新たな盾を手に入れることになる。
潜水艦狩りを行う場面でも、自艦が持つソナーや対潜武器だけでなく、ヘリコプターも関わってくる。それなら、その両者が別個に、バラバラに動くのではなく、統合化されたシステムとして機能する方が良いに決まっている。
このようにさまざまな戦闘空間における交戦が発生する以上、バラバラに対処するのではなく、一つのシステムの下に統合する方が良い。そして、イージス艦における最良の頭脳はAWSの中核たるC&Dだから、それを中核に据えるのが最善、ということなのだろう。
すべての戦闘空間に関する情報をひとまとめにして、それをイージス・ディスプレイ・システムを通じて戦闘情報センター(CIC : Combat Information Center)の大画面に表示すれば、そこにいる全員が全体状況をひと目で把握できる。
機能をどのように切り分けるかがキモ
もちろん、個々のシステムあるいはサブシステムを結ぶための、インターフェイスやプロトコルの問題は解決しなければならない。これについては以前にも取り上げた話だから、今回は割愛する。
問題は、こうした巨大で複雑なシステムになると、システムを構成する諸要素・機能をどのように切り分けるかが成否を分けかねないこと。切り分けるべき機能を一緒くたにしたり、一緒にしておきたい機能を切り離したりした結果として、後日の能力向上やシステム・機材の追加あるいは入れ替えが困難になる事態は避けたい。
その一例が、第407回でも取り上げたことがある、レーダーの新型化に伴うシステム構成の変更。AN/SPY-1レーダーは、レーダーを管制・制御する機能がAWSの中に一緒くたになっている。つまり、AN/SPY-1レーダーとAWSはワンセットである。
ところが、AN/SPY-6(V)1 AMDR(Air and Missile Defense Radar)やAN/SPY-7(V)では、レーダーを管制・制御する機能をレーダー側に移している。AWSの頭脳たるC&Dは、レーダーから探知情報をもらうだけ。こうすることで、「眼」と「頭脳」を切り分けた。すると、C&Dとレーダーを別個に改良しやすくなるし、一方の改良が他方に影響する事態も避けやすい。
それと同じデンで、対潜用のソナーや武器も、艦載ヘリコプターも、トマホーク巡航ミサイルも、CIWSも、電子戦システムも、それぞれ独立したシステムにしておく方が、個別の入れ替えや改良をやりやすい。
つまり、「統合化」とは単に各種の機能を一緒くたにすればよいという話ではなくて、どういう風に部品化して組み合わせるか、という設計理念が重要である。そこで間違いがあると、システム・インテグレーションの作業が大変なことになったり、後日の機能追加や機能入れ替えがやりにくくなったりする。
また、ソフトウェアについても機能ごとの「部品化」を適切に行う必要がある。それができているからこそ、CSL(Common Source Library)を構築して、AWS以外のシステム、例えばSSDS(Ship Self Defense System)と、ソフトウェアの部品を共用するようなことができる。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第4弾『軍用レーダー(わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。