過去に本連載において、敵味方識別装置(IFF : Identification Friend or Foe)について取り上げたことはあったが、なんと第30回でのことだった。そこで改めて、艦載電測兵装の一環としてのIFFも取り上げておきたい。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
IFFはレーダーとワンセットで動作する
IFFはレーダーとワンセットになって動作する。なぜかといえば、レーダーが何かを探知しても、それは「レーダー電波を反射する物体」でしかない。相手が何者なのかを知るには、追加の情報が要る。そこで「お前、誰や?」と誰何するのがIFFの仕事。
具体的には、レーダーに併設したインテロゲーターが電波を使って誰何する。そして、誰何された被探知目標の側では、備えつけているトランスポンダーで応答する。トランスポンダーに設定する応答コードは可変式で、インテロゲーターの側では、返ってきた応答によって対象を識別する。応答しなければ不審物である。
民間機の場合、フライトプランを航空管制当局に提出した時点で、それとひもづける形で識別コードの割り当てを受ける。だから、応答コードの内容により、探知目標は「○○航空の△△便である」とわかる。軍用機なら、任務計画を立案して航空機や艦艇を出動させる時点でIFFトランスポンダーにセットする識別コードを決めておけばよい。
IFFインテロゲーターのセットを得意とするメーカー
もちろん、艦載レーダーにもIFFインテロゲーターをセットで組み合わせる。こうした製品を得意とするメーカーはいくつかあり、例えばアメリカならBAEシステムズがある。
同社は2023年7月に米海軍から、艦載用IFFデジタル・インテロゲーターのAN/UPX-50(C)を、1,500万ドルで受注した。同社の触れ込みによると、「モジュラー化設計とオープン アーキテクチャ化により、新技術の迅速な取り込みが可能」なのだそうだ。
IFFにとって、相互運用性は不可欠な要素。それがなければ、同盟国同士の連合作戦が成立しない。例えばの話、米艦のIFFが英軍機を誰何して「敵機だ」と判断したら、とんでもないことになる。
だから、少なくとも同盟関係にある国同士では足並みをそろえて、同一仕様のIFF機器を使用する必要がある。裏を返せば、新仕様のIFFが必要になったら、これも同盟関係にある国では足並みをそろえて更新しなければならない。すると、新機能の追加やハード・ソフトの更新が容易に行える設計になっているかどうかは重要になる。
ヨーロッパでIFF製品について頻繁にリリースを出しているメーカーというと、ヘンゾルトがある。同社のMSSR2000シリーズは、あちこちの海軍で導入実績がある。
レーダーと併設 VS. 独立したリング型
レーダーで何かを探知したら、即座にIFFインテロゲーターで誰何して、相手が何者なのかを確認する。ということは、レーダーのアンテナとIFFインテロゲーターのアンテナは同じ方向を向いている必要があるわけだ。そうしないと「探知・即・誰何」が成立しない。
艦載レーダー・アンテナ
そこで艦載レーダー・アンテナの現物をいくつか見てみよう。回転式アンテナを使用するレーダーであればたいてい、レーダー用のアンテナの上あるいは側面に、IFF用の細長いアンテナを併設しているものだ。
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英海軍の23型フリゲートが搭載するARTISAN(Advanced Radar Target Indication Situational Awareness and Navigation)対空捜索レーダー。これも、上部にIFFと思われる張り出しがついている 撮影:井上孝司
リング型アンテナ
しかし、固定式のフェーズド・アレイ・レーダーでは事情が変わる。電子的にビームの向きを変える仕組みであり、事実上、全周の同時監視が可能になる。それに合わせて、IFFも全周をカバーできるリング型アンテナにする事例が目立つ。
そのリング型IFFアンテナは、当然ながら全周をカバーできる位置、いいかえれば周囲に障害物がない場所に設置しなければならない。そのせいか、リングの内部をマストあるいは構造物が貫通する形で設置するのが一般的。
面白いのは米空母で、対空捜索レーダーは回転式アンテナを持つAN/SPS-48だが、IFFは独立したリング型アンテナを使用している。
なお、衝突回避が主目的であり、行合船がいるか、いないかさえ分かれば用が足りる航海用レーダーでは、探知目標が何者なのかを識別する必要性は薄れるかもしれない。
すると、航海用レーダーにはIFFのアンテナは併設しない場合が多いと思われる。そもそも、第527回にも書いたように、航海用レーダーでは民生品を使う事例が少なくない。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第3弾『無人兵器』が刊行された。