以前にも何回か取り上げているように、イージス戦闘システムではハードウェアについてTI(Technology Insertion)、ソフトウェアについてACB(Advanced Capability Build)という考え方を導入、定期的な更新を実施している。

ハードウェアが新しくなれば処理能力が向上するし、機器の製造打ち切りに対する備えにもなる。ソフトウェアが新しくなれば、バグが直ったり、新たな機能が加わったりする。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

  • 同じ「イージス戦闘システム」でも、ハードもソフトも、組み合わせる武器も、どんどん変化・進化してきている 引用:Lockheed Martin

ハードとソフトの一斉更新は下策

おもしろいのは、TIとACBの更新サイクルに工夫をして、ハードウェアとソフトウェアを一斉に更新する事態を避けていること。

ソフトウェアの方が開発サイクルが短い上に、バグフィックスの要望にも対処しなければならない。そこで、ソフトウェアの更新をハードウェアの更新に合わせると、バグフィックスや新機能の追加が遅れてしまう。だから、ACBの更新サイクルはTIの更新サイクルよりも短い。

また、ハードウェアとソフトウェアを一斉に新しくすると、何かトラブルが発生した際に、どちらに問題があるかを突き止めるのに時間がかかる。熟成済みのハードウェアがあるところに新しいソフトウェアをインストールして、それで問題が生じたのであれば「新しいソフトウェアが怪しい」とわかる。逆についても同様である。

そして、ハードウェアとソフトウェアの更新のタイミングをずらすと、経費の(ある程度の)平準化にもつながる。ハードウェアの大規模更新を行う年度と、ソフトウェアの大規模更新を行う年度を別にできるからだ。イージス戦闘システムだけでなく、他の艦載戦闘システムなどにおいても、同様の考え方を用いる事例が出てきている。

ただし、ハードウェアが変わっても同じソフトウェアを走らせることができるようになっていないと、こうした考え方は機能できない。

  • ひとことでイージス戦闘システムの改良といっても、ハードウェアやソフトウェアの改良だけでなく、新機能の追加や新しい武器の追加など、その内容は多岐にわたる 引用:Lockheed Martin

ミドルウェアがハードウェアの違いを吸収する

そこでイージス戦闘システムでは、ソフトウェアがハードウェアに依存しないように工夫されている。

ロッキード・マーティンの説明によると、ミドルウェアを間に介することで、ハードウェアの違いを吸収させているのだという。ハードウェアが新しくなったときには、それに合わせたミドルウェアを用意すれば、その上で実行するソフトウェアまで作り直さずに済む。

ハードウェアとソフトウェアを分離して、密接に依存しないようにしておけば、両者を別個に改良しても差し支えなくなる。

  • ミドルウェアを介することで、ハードウェアと、その上で動作するソフトウェアを分離して、個別の改良を容易にしている 引用:Lockheed Martin

イージス戦闘システムで使用するコンピュータは、最初がAN/UYK-7、次がAN/UYK-43とAN/UYK-44、次がAN/UYQ-70、そしてCPS(Common Processing System)とCDS(Common Display System)の組み合わせ、と進化してきている。

当然、使用するプロセッサもオペレーティング・システムも変わっているが、そこで過去に開発・熟成したソフトウェア資産を可能な限り無駄にしないように工夫しているわけだ。

米海軍の公表資料を見ると、プログラム言語もずっと同じではなく、変化してきているようである。こうした状況にも適応していかなければならない。

部品化するとともにインタフェースをそろえる

ソフトウェアについては、ハードウェアとソフトウェアを分離するとともに、CSL(Common Source Library)により「部品化」したソフトウェアの一括管理を実現している。

  • 単に性能・機能を高めるだけでなく、COTS(Commercial Off-The-Shelf)化、コンポーネント化、そしてオープン化といった変化が加わってきている 引用:Lockheed Martin

では、イージス戦闘システムの中核部分と、レーダーをはじめとするセンサー群、そしてミサイルなどの武器群の間のインタフェースはどうするか。

戦闘システム、センサー、武器を一体のものとして開発する手もあるが、そうすると後から個別にメンテナンスしたり改良したりするのが難しい。

ベースライン10では、レーダーがAN/SPY-6(V)1 AMDR (Air and Missile Defense Radar)に変わるのに併せて、レーダー制御やシグナル処理の機能をイージス武器システムから独立させた。すると、レーダーの改良や不具合対処に伴うシステム・インテグレーションの負担を軽減できる。

また、オープン化に際して、イージス戦闘システムの中核部分とセンサー・兵装を分けるとともに、両者の間に「中継ぎ役」となる機能を入れた。ロッキード・マーティンでは、これを「アダプティブ・レイヤー」と「バウンダリ・コンポーネント」と呼んでいる。ネットワークにおけるゲートウェイみたいな働き、といえるかもしれない。

イージス戦闘システムの側では、センサーや武器との間で情報や指令をやりとりする際に、標準化した共通フォーマットを使う。相手の側で非互換の要素があれば、それはアダプティブ・レイヤーとバウンダリ・コンポーネントが変換処理を行う。もっとも、担当する「仕事」の内容が同じであれば、センサーや武器との間でやりとりする情報や指令の内容が激変するようなことはないそうだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載が『F-35とステルス技術』として書籍化された。