3月15日~17日にかけて、幕張メッセで「DSEI Japan」という展示会が開かれた。以前から「国際航空宇宙展」は何度も行われているが、これは軍民双方をカバーする、かつ航空専門の展示会。それに対してDSEIは、すべての領域をカバーする、防衛分野に的を絞った展示会である。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
既存の資産を統合していくという考え方
最も注目を集めていた展示が、日本、イギリス、イタリアが共同で推進することになった新戦闘機開発計画「GCAP(Global Combat Air Programme)」であることは論を待たない。しかし筆者はGCAPそっちのけで、個人的に関心がある分野に専念した。
そして最初に取り上げるのが、タイトルにもあるように、“connected battlespace” である。幸いにも、レイセオン・テクノロジーズ傘下のコリンズ・エアロスペース(旧社名のロックウェル・コリンズの方が知られているかもしれない)で、お話を伺うことができた。
担当してくださったクリス・ハジール(Chris Hazeel)氏は、同社で「バイスプレジデント、インターナショナル、英国・ 欧州 カスタマー&アカウントマネージメント」というポジションにある。
さて。“connected battlespace” と聞くと、「それはどういう製品なのか?」と問いたくなる。しかしこれは、特定の製品を示す名前ではない。「“connected battlespace” とは製品のことではなく、既存の機能・能力を統合するプラットフォーム、かつ、複数のステージで統合できるものです」という。これだけでは、抽象的でピンとこないかもしれないから、もう少しかみ砕いてみよう。
JADC2とconnected battlespaceの関係は?
従来は、陸・海・空といった領域(戦闘空間)ごとに組織があり、それぞれのニーズに合わせた装備体系を整えて、人を揃えて訓練を施していた。しかし目下の潮流は、そうした領域ごとに個別に戦闘を展開するのではなく、多様化する戦闘空間を一元的に扱う方向である。それがいわゆるマルチドメイン作戦(MDO : Multi Domain Operations)である。
すると、第488回で取り上げた、米軍の新しい戦闘コンセプト「JADC2(Joint All Domain Command and Control)」が思い浮かぶのではないだろうか。すべての戦闘空間に属するさまざまな資産を一元的なネットワークの下にまとめて、そこで「一元化した状況認識」「迅速な意思決定」「最適な資産を選び出して交戦」という話になる。
そのJADC2と “connected battlespace” の関係はどうなるか。ハジール氏は「”connected battlespace” の一部を米軍なりに定義したのがJADC2」と説明してくれた。
“connected battlespace” は、コリンズ・エアロスペースが考える「将来あるべき戦闘体系のあり方」で、そこから鍵となる要素を抜き出して具体的な形に落とし込んだのがJADC2といえようか。
ゲートウェイを用いて統合していく
ところが、これまでは各々の軍種が担当領域ごとに装備体系を整備してきたから、情報通信や指揮統制に関わるシステムにおいて、軍種間で互換性・相互接続性を欠く場面は多々ある。むしろ、そちらの方が普通といってよい。
それをいったんすべて御破算にして、全軍をカバーする統一的な情報通信・指揮統制基盤を構築しようとすれば、費用も手間もかかりすぎる。しかもその間に技術はどんどん進化していく。だから、“connected battlespace” 実現のためのアプローチは、「既存の資産を使いながら将来につなげていく、技術の橋架け」と、ハジール氏は語る。
“connected battlespace”のためには、バックボーンとなる広帯域かつ強靱なネットワークが必要だ。そこに、互換性がない既存のシステムでも、ゲートウェイを介して相互変換する形で接続性を確保する。ゲートウェイをハードウェアで作り込んでしまうと柔軟性を欠くので、ソフトウェア定義型とする。
コリンズ・エアロスペースは防衛電子機器の分野において、特に通信機器で知られている。それだけに、通信という観点から“connected battlespace” に切り込んでいく傾向が出てくるのかもしれない。
クラウドとAIを活用する情報処理
さて。さまざまな戦闘空間に属する多数のセンサー機能をネットワーク化すると、大量のデータが流れ込んでくる。しかし、データは溜め込むだけでは意味がなく、それをもとにして、実際に行動を発起する役に立つ情報(actionable information)を導き出さなければならない。しかも、その仕事を迅速に実現して、敵に先んじなければならない。
すると、JADC2について書いた際にも触れたように、人工知能(AI : Artificial Intelligence)や機械学習(ML : Machine Learning)を駆使する、という話が出てくる。ただし、AIは適切に教育して育てていかなければ、ダメな子になってしまうおそれがある。
そこで、モデリングとシミュレーションを活用する。ハジール氏によると、「まず、内容についてきちんと説明できるような確かなデータ セットを用意してシミュレーションを走らせる」という。スタート点が「内容についてきちんと説明できないデータ・セット」では仕事にならないから、確かなデータ・セットを用意することが重要だ。
その後は、モデルを作って、さまざまなシナリオ、さまざまな可変要素の下でシミュレーションを走らせる。さらに、その結果をフィードバックする形でモデルを改良する。そのサイクルを繰り返しながら精度を高めていく流れである、という。
その過程でLVC(Live, Virtual, and Constructive)を活用して実験イベントや演習を行う機会があれば、“Live”のデータを取り込むこともできる。もしかすると、人間がコンピュータの裏をかくようなことが起きるかもしれないし、そうなれば、それは貴重なデータとなる。
こうして情報処理の精度を高めて、「複雑な情報をシンプルにする」能力が育ってくると、大量のデータを迅速に有効活用する基盤ができる、と期待できる。ハジール氏の言葉を借りると「必要な情報を必要なときにマシンスピードで得られる」ソリューションである。
また、ハジール氏は、「重要なのは、人の負荷を減らすことです」という。つまり、必要とされる情報だけを選り分けて提示することで、余計な情報(ノイズ)を出さないようにする。それもまた、迅速な意思決定につながる要素といえる。ただし、重要な情報が捨てられてしまうとマズいから、そこはデータ処理の能力向上が鍵を握る。
日本との協業に期待
ハジール氏は「日本のパートナー企業と連携できる機会を楽しみにしています。日本には日本なりの技術があるし、イギリスも同じです、一緒にやっていくことが楽しみです。GCAP もその機会になり得るでしょう」と話していた。
防衛装備品の開発において国際共同は当たり前の昨今。そこで互いに得意分野を持ち寄ることができれば、それは国際共同プログラムの強みとなる。国によってそれぞれ得手・不得手があるから、「抽象的なビジョンやコンセプトを考え出すのが得意な国」があれば、「それを具体化するための技術に長けた国」もあるだろう。そうした得手・不得手がうまく噛み合うのが理想的だ。
コリンズ・エアロスペースは、GCAPに参画するイギリス企業で構成する “Team Tempest” のティア1パートナーだから、GCAPの下で開発する新戦闘機を “connected battlespace” に組み込む際にも枢要な役割を占めることになるはずだ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。