前回は、ズムウォルト級駆逐艦のTSCE(Total Ship Computing Environment)を引き合いに出して、「艦載コンピュータの分野では戦闘システムだけでなく、艦制御などもひとまとめにした総合的なコンピュータ・システムを構築する事例が出てきた」という話を書いた。今回は、そのコンピュータ・システムの根幹となるハードウェアの話をいろいろと。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
艦載コンピュータのダウンサイジングと分散環境化
今ごろ、市中のIT業界で「ダウンサイジング」なんていったら、鼻で笑われそうではある。もはや当たり前のことになっているからだ。艦載コンピュータの分野でも、かつては大型コンピュータに機能を集中していたが、分散処理環境に切り替わった。
例えばイージス戦闘システムの場合、最初はAN/UYK-7、次はAN/UYK-43とAN/UYK-44を中核とした。この辺までは集中処理だが、AN/UYQ-70が入ってきたことで、分散処理環境に切り替わるとともに、COTS(Commercial Off-The-Shelf)ベースのコンピュータ環境に移行した。ベースライン7.1で全面COTS化を達成、主役はAN/UYQ-70となった。
つまり、大型コンピュータに入出力専用の端末機をぶら下げる形態から、単独で機能できるコンピュータをネットワーク化する構成へと舵を切ったわけだ。そして、複数のコンピュータが処理を分担する。
ところが、そのAN/UYQ-70も、すでにディスコン扱い。ロッキード・マーティンが開設していた専用Webサイト「Q70.com」も消えて久しい。そして現在の主流は、第114回「システム屋さんから見たイージス・アショアの利点」や第208回「特別編・システム屋さんから見たイージス・アショアの利点」で取り上げた、CPS(Common Processing System)と、表示・入出力を受け持つCDS(Common Display System)の組み合わせ。名前だけは何度も出てきているが、今回はもう少し突っ込んで見てみたい。
CPSとCDS
CPSは、GTS(Global Technical Systems)という会社が設計した製品。ベースとなるのが、ACE(Advanced COTS Enclosure)と呼ばれるキャビネットで、この中にCOTS品のコンピュータ機器を収容する。その際に、外部からの衝撃・振動の影響を受けないようなフローティング・マウント設計として、機器の損傷や故障を防いでいる。もともと衝撃・振動の影響を考慮していない民生品でも活用できるように、実装で工夫したわけだ。
GTS社の資料を見つけたので、そこから引用すると、ACEの外寸は幅28インチ(711mm)、高さ75.5インチ(1,918mm)、奥行39.5インチ(1,003mm)。内部には、おなじみの19インチ・ラックが設けてある。耐衝撃についてはMIL-S-901D、耐振動についてはMIL-STD-167の要件をすべて満たしているとされる。
コンピュータはブレード・サーバを使用することで、多数のコンピュータを高密度実装している。内部に多数の電子機器を収容すれば、当然ながら発熱の問題が出てくるから、水冷あるいは空冷の仕組みもある。もちろん、内部に収容するコンピュータやストレージ機器のために、電源を供給する機能もある。
CPSはイージス専用というわけではなく、艦載電子戦システムSEWIP(Surface Electronic Warfare Improvement Program)や、空母や揚陸艦が個艦防御の指揮管制に使用するSSDS(Ship Self Defense System)でも用いられている。これ自体はコンピュータだから、ソフトウェアを変えればさまざまな用途に対応できる。
一方、CDSの方は実際に乗組員が扱うコンソールの部分。大画面の液晶ディスプレイを3面、キーボードとトラックボール、といったあたりが主な構成要素となる。同じコンソールでも、走らせるソフトウェアによってさまざまな用途に対応できる。ハードウェア自体は用途に関係なく共通化しており、これが “Common” を名乗る所以。
分散と集中の合わせ技
「1か0か」という二分法で考えれば、集中処理に対比される概念としての分散処理では、すべての機能を多数の小型コンピュータに分散してネットワークで結ぶことになる。
ところが、最近の新造艦が搭載する戦闘システムでは、集中できるものは集中する一方で、分散できるものは分散する、という合わせ技になっているように見受けられる。
単純に冗長性のことだけ考えれば、サーバに機能やデータを集約するのは不利だ。しかし艦艇の場合、そもそもプラットフォームと一蓮托生のところがあるから、機能を徹底的に分散配置しなければ……という話にはなりにくい。分散配置といっても、所詮は同じ艦の中でのことだ。
また、情報共有・一元化という観点からしても、データをサーバにまとめて、必要に応じてネットワーク経由で読み出したり更新したりする方が理に適っている。
共通設計のコンソールで走らせるソフトウェアについても、サーバ側のストレージに保管しておいて、ネットワーク経由でロードする方が合理的かもしれない。コンソールごとに、さまざまなソフトウェアをインストールしたり、アップデートしたりする負担を軽減できるからだ。ログインして「この機能を使う」と指示すると、必要なソフトウェアを取り出してきて走らせるわけだ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。