当初、前回まで20回にわたり説明してきた「小型化と分散化」という文脈の下で取り上げようかと思ったテーマだったが、いろいろ検討しているうちに「どうも違う」となり、別のトピックを起こすことにした。果たして何回ぐらい続くことになるか分からないが、お付き合いいただければ幸いである。 →連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
陸上や航空機ではプラットフォームと戦闘システムが独立
本連載を御覧いただいている皆さんなら御存じの通り、艦艇に限らず、装甲戦闘車両でも航空機でもコンピュータは載っている。ただ、そのコンピュータの持ち分やシステム構成には、それぞれ違いがある。細々した話を挙げ始めると際限がないが、最近になって顕著になってきた違いとして「戦闘システムとプラットフォームが同じシステムの管理下に置かれるかどうか」があるのではないかと思えてきた。
陸上では、例えばIBCS(Integrated Battle Command System)のEOC(Engagement Operations Center)がそうしているように、それ自身で完結できるコンピュータ・システムを用意する。それらを有線、あるいは無線のネットワークで相互に接続して、ネットワーク化した戦闘システムを構成する。個別に車載化して、あるいは車両に載せて移動するものだから、そういう構成を取るのは自然な流れといえる。
では、装甲戦闘車両はどうか。射撃統制システムを搭載するのは当然として、さらに情報システムの端末機を置いたり、それをネットワーク化して車両同士で情報を共有できるようになったりしている。ただし、あくまで対象は「戦闘のためのシステム」に限られる。
この辺の事情は戦闘機も似ている。ただしF-35では、「戦闘のためのシステム」について統合化を図るだけでなく、プラットフォーム、つまり機体の操縦系統やエンジンなどを制御する機能もコンピュータ・システムに一体化してきているように見受けられる。
ミッション・ソフトウェアにおいて、ブロックごとの違いとして戦闘能力に関する記述だけでなく、飛行性能に関わる記述も含んでいることが、その辺の事情を示している。
艦艇ではプラットフォームと戦闘システムが一体化の方向へ
では、艦艇はどうか。こちらもやはり、プラットフォームと戦闘システムはまったく別個、という形態が一般的であり、それを誰も不思議だとは思っていなかっただろう。
航法、機関制御、操舵、ダメージ・コントロールといったあたりはプラットフォーム側の機能だし、センサー、指揮管制、射撃指揮といったあたりは戦闘システムの機能。それぞれ別個のシステムを載せる。
そんな傾向に一石を投じたのが、米海軍の駆逐艦、ズムウォルト級が導入したTSCE(Total Ship Computing Environment)だったのではないか。
Total Ship Computing Environment
ズムウォルト級で掲げられた旗印の一つに「省人化」があるが、それを実現しようとすれば自動化・無人化は欠かせない。そこで、艦制御もダメージ・コントロールも戦闘システムも、みんなひっくるめて一元的に面倒をみるシステムを構築した。それがTSCE。
中核となるのは、C2I(Command, Control & Intelligence、指揮管制・情報)機能であり、そこに艦制御(Ship Cnotrol)、センサー(Sensor and Vehicle Control)、武器管制(Weapon Control)、外部との通信(Integrated (External) Communications Control)といったサブシステムがつながる。
艦制御の先には、主機や補機、電力管制、ダメージ・コントロールといった機能がつながる。センサーはいうまでもなく、レーダーやソナー。武器管制は砲やミサイル発射機など。通信は無線通信や衛星通信、各種データリンクなど。また、下の図を見ると隅の方に、搭載するヘリコプターや無人機とのリンク、それと共同交戦能力(CEC : Cooperative Engagement Capability)用の通信システムがさりげなく出ている。
海上自衛隊の最新鋭潜水艦「たいげい」でも、戦闘システムだけでなく艦制御の機能まで、同じコンピュータ・システムの下に一元化している。ひとつ前の「そうりゅう」型でも、戦闘システムの部分は汎用コンソールを使っており、「ソナー」「発射管制」といった機能ごとに専用のコンソールを置く形ではなくなっていた。その対象が、プラットフォーム側に拡大されたわけだ。
なぜ、同一システムにまとめるのか?
一見すると、「戦闘システムと艦制御や航法は別の機能だから、同じシステムにまとめなくたって」と思いそうになる。しかし、よくよく考えると関係がある。
例えば、レーダーの探知情報を僚艦と共有する際は、探知目標の絶対位置を出すために自艦の位置が分からないといけない。また、自艦の針路・速力に関する情報も要る。これらは航法システムから得られる種類の情報だ。情報共有の手段はデータリンクだが、これは通信システムの一員だ。そこにデータを流すためには、航法と戦術情報処理と通信の機能が相互につながっていないと困る。
また、ソナーを、とりわけパッシブ・オペレーションで使用する際は、艦の航行速度が影響する。高速で航行するほどソナーの効率が低下するから、ソナーのパッシブ・オペレーションでは航行速度を落としたいし、的針・的速を掴むための変針が必要になることもある。と考えると、ソナーと艦制御にも関連性があるのではないか、何かしらの連携が必要ではないか、という話は出てくる。
では、こうしたシステムを走らせるハードウェアの方は、何か艦載コンピュータならではの特徴があるものだろうか。いろいろ書いていたら文字数が意外と伸びてしまったので、その辺の話は今後に順次展開していきたい。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。