最近、ことに米海兵隊において顕著なのが、「一つところにとどまる代わりに、敏速に拠点を移動しながら交戦する」という方向性。海兵隊ほど目立ってはいないかもしれないが、米空軍もACE(Agile Combat Employment)という概念を打ち出して、いろいろ訓練をしている。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

航空戦力を身軽に

ACEを日本語訳すると、「機敏な戦闘展開」となるだろうか。アメリカ本土の基地から海外の基地に向けて、迅速に航空戦力を送り込むとの考え方は以前からあるが、さらにそれを深度化して、機敏に動き回れるようにして生残性を高めようとしている。

航空戦力の移動は、単に機体だけ送り出せば済むものではない。操縦士だけでなく、整備員をはじめとするさまざまな支援要員も連れて行かなければ、機体が飛び立てない。さらに、整備用の工具や各種機材、スペアパーツ、牽引車や弾薬搭載車を初めとする支援車両、そして現代戦では不可欠となる各種情報システムが要る。

そしていうまでもなく、燃料や兵装も必要になる。燃料はホスト国支援などの形で現地調達できるかも知れないが、兵装はそうも行かない可能性が高い。

そんな具合だから、持って行かなければならない人やモノは増える一方である。そして、それらはたいてい、戦闘用機とは別に輸送機を仕立てて空輸する。すると当然ながら、これは「敏速な展開や移動」の足を引っ張ることになる。船便で運べば輸送機の負担は減るが、時間がかかるので急場の役に立たない。

すると、「人や機材や車両の数をできるだけ減らす」に加えて「機材をできるだけ軽量コンパクトにする」というニーズも発生する。これが海軍の空母であれば、飛行場がまるごと移動しているようなものだから、人も資機材も艦上に載せておいて、まとめて動き回れる。人や資機材を輸送する負担が発生するのは、陸上基地を拠点とする空軍ならではの事情といえる。

  • F-35用の新しい情報システムはODINといい、そこで使用する機材をOBK(ODIN Base Kit)という。前任のALISと比べると、機材が大幅に小型軽量化される。こうした機材は、現代の軍事作戦においては不可欠のもの 写真:USAF

通信回線も不可欠に

さらに現代では、人とモノを現地に運び込めばそれで終わり、とはならない。本国と直結できる、信頼できる通信回線も用意しなければならない。これは単に、上級司令部との連絡が必要だからというだけの話ではない。

例えば、作戦計画を立てるためにミッション・プランニング・システムというコンピュータが要る。スケジュールや途中の経由点など、任務を遂行するために必要なデータはこれを使って準備して、それをデータ転送カートリッジ(DTC : Data Transfer Cartridge)に記憶させて機体のところまで持って行く。それを機体側のスロットに取り付けると、必要なデータがミッション・コンピュータに読み込まれる。

そうしたシステムの一例として、米軍のJMPS(Joint Mission Planning System)があるが、これは単独で機能するものではなく、他のさまざまなシステムと通信網でつながっている。

例えば、敵軍の所在や戦力に関する最新の情報資料はGCCS(Global Command and Control System)から受け取るから、GCCSと接続する通信回線が要る。

F-35ではスターリンクも試用した

F-35では、機体の運用管理や整備支援のためにALIS(Autonomic Logistics Information System)を使用する、という話は以前から書いている。そのALISにしろ、クラウド化を図った後継システムのODIN(Operational Data Integrated Network)にしろ、これまた通信回線がなければ仕事にならない。 そこでしばらく前に、米空軍で最初のF-35A実働部隊である第388戦闘航空団が、ACEコンセプトに基づく遠隔地への展開で使用する、新しい高速通信手段を試した。中核となるのがコンパクトな衛星通信端末機で、通信に使用するのはスターリンク。

使用する端末機はFCT(Flyaway Communications Terminal)といい、伝送速度が速くなるだけでなく、最速の通信手段を自動選択する機能も備える。また、秘匿ネットワークとそうでないネットワークに、通信を自動的に振り分ける機能もある。

  • 衛星通信用の端末機を設営している様子。2022年3月24日にユタ州のヒル空軍基地で 写真:USAF

実はALISからODINへの進化の過程で、現場の部隊で使用するコンピュータ機器が大幅に小型軽量化された。このODINに限らず、クラウド技術の導入や活用は、出先におけるハードウェア面の負担を減らす方向に働くと思われる。ただし、信頼できる通信手段の確保が必須になるので、トータルで小型軽量化につながるかどうかは、今後の実績を見てみないとなんともいえない。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。