今回は、「当初は特定の用途に向けて開発された指揮統制システムが、そのポテンシャルを買われて、より汎用的な指揮統制システムに発展した」という話を取り上げてみたい。その発展した先が、「分散化」というテーマで書くトリガーになったJADC2(Joint All Domain Command and Control)がらみ、という関連性がある。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

ABMSのルーツとは

米空軍において、米軍が推進しているJADC2コンセプトに適合するための中核となるのが、第466回で取り上げたABMS(Advanced Battle Management System)。公に名前が出てくるようになったのは2020年頃だろうか。

もともとABMSは、退役の話が出てきた戦場監視機E-8C J-STARS(Joint Surveillance Target Attack Radar System)の後継として、単一の指揮統制プラットフォームではなく、衛星・有人機・無人機を組み合わせた分散システムを構成しよう、という意図の下で話がスタートした。

ところが開発や実証試験を進めているうちに、単なるE-8Cの後継にとどまらず、もっと広い範囲を受け持つシステムに発展させる流れになった。

  • E-8C。前部胴体下面に付いているレーダーで、地上の車両の動静を監視する、いわば「陸のAWACS」 写真:USAF

IAMDとスタートしたノースロップ・グラマンのIBCSも同じ

どこかで聞いたような話だと思ったら、以前に第428回で取り上げたことがある、ノースロップ・グラマンのIBCSと同じだ。こちらはもともと、米陸軍向けに統合防空・ミサイル防衛(IAMD : Integrated Air and Missile Defense)のための指揮統制システムとして話がスタートした。

だから、IBCSはIAMD Battle Command Systemの略だった。ところがその後、もっと汎用的な指揮統制システムと位置付けられて、名称も頭文字は同じままで、Integrated Battle Command Systemに改められた。

J-STARSの後継であれば、中核となるセンサー機能は敵地上軍の動静を把握するための、SAR/GMTI (Synthetic Aperture Radar/Ground Moving Target Indicator。合成開口レーダー/地上移動目標識別)機能を備えたレーダー。そこから得たデータを基にして、状況図の生成や意思決定支援の機能を提供するシステムも要る。

IAMDであれば、航空機をはじめとする経空脅威、それと弾道ミサイルや巡航ミサイル、将来的には極超音速飛翔体といった脅威について、飛来を探知するためのセンサー群、それと交戦のための各種シューターを接続する。

どちらにしても、用途を当初の想定よりも広い範囲に拡大することになれば、センサーもシューターも種類が増えて、分野が広がる。もちろん、頭脳となる指揮統制の部分も機能を拡張しなければならない。

指揮統制はソフトウェアの機能

指揮統制システムとは、せんじ詰めれば、指揮官や幕僚が行っている「情報の収集と、それによる状況の把握」「それを受けた、交戦に関する意思決定と、武器や部隊の割り当て」といった作業を、コンピュータを用いて自動的に行ったり、指揮官が意思決定するための支援を実施したりするもの。

こうした機能を実現するのは、ハードウェアではなくてソフトウェアだ。もちろん、処理能力や記憶容量に優れたコンピュータは欲しいし、さまざまなセンサーやシューターを接続するためには、物理的・電気的・論理的なインターフェイス仕様の問題も関わってくる。とはいえ、中核がソフトウェアであるという事実は変わらない。

ABMSにしろIBCSにしろ、まず、何か特定の分野に対応するシステムとして構想されたから、それに合わせたソフトウェアを用意した。それによってベースができたことが、後の機能拡張に際して功を奏したのではないか。結果論だが、小さく作って大きく育てる流れとなっている。

複数の軍における相互運用性確保のカギはクラウド

ただし、JADC2という概念が出てくると、特定軍種の中だけでは話が収まらなくなる。そこで問題になるのは、陸海空軍・宇宙軍といった、各々の軍種の間で指揮統制システムに関する相互運用性を確保すること。もちろん、インタフェース仕様やデータ・フォーマットなどを完全に統一するのが理想だが、それができなければゲートウェイを用意して相互変換する必要がある。

また、クラウド、第五世代移動体通信網(いわゆる5G)、人工知能(AI : Artificial Intelligence)や機械学習(ML : Machine Learning)といった技術も取り込み、領域横断的な状況把握と迅速な意思決定を実現する。しかも、システムを一点集中型ではなく分散構成とすることで、脆弱性を抑える。

そこで、クラウド関連技術が効いてくる。実際、米空軍のABMS計画室は最近、クラウド・ベースの指揮統制基盤、CBC2(ABMS Cloud-Based Command and Control)の開発契約を発注したばかりだ。担当企業はSAIC(Science Applications International Corp.)で、契約額は1億1,200万ドル。

SAICの説明によると、「DevSecOpsを用いて、Cloud Oneコンピューティング環境下で動作するマイクロサービス・アプリケーションと、デジタル・エンジニアリング・ツールの開発を実施する」のだそうだ。

「御破算で新規蒔き直し」ではなく、すでに種がまかれていたABMSやIBCSを有効活用しているところが興味深い。しかも、ソフトウェアの改良や拡張によって実現できるのであれば、ハードウェアから作り直すよりも合理的である。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。