第388回でミサイル防衛について書いたとき、当然ながら、弾道ミサイルの発射を探知するための早期警戒衛星についても取り上げた。

ところがその後、極超音速飛翔体という新手の脅威が世間の耳目を集めるようになってきた。そこで新たに、従来とは異なる衛星を導入する話が出てきている。以前に取り上げた話と重複する部分もあるが、そこは御容赦いただきたく。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

まずは現状のおさらい

弾道ミサイルを発射すると、盛大に排気炎が出る。それは宇宙空間から赤外線センサーで探知できるほどのレベル。そこで、赤道上に配した静止衛星に赤外線センサーを搭載して、弾道ミサイルの発射を常時監視しようという話になった。

米軍の場合、その一番手がDSP(Defense Support Program)で、その後継として配備が進んでいるのがSBIRS(Space Based Infrared System)。DSPは3基の静止衛星で地球全体をカバーしているが、SBIRSは静止衛星のSBIRS-GEO(Geosynchronous Earth Orbit)と、周回軌道に配置するSBIRS-HEO(Highly Elliptical earth Orbit)の二本立て。

  • SBIRS GEOとSBIRS HEOの関係を示したイメージイラスト。HEOが極地のカバーを意識していることが分かる 引用:USAF

赤道上にいる静止衛星は、その位置の関係で、北極や南極をカバーしづらい。そこで、SBIRSではGEOとHEOを併用することで、この問題を解決した。アメリカではすでに、SBIRSの後継に関する話も出ており、次世代弾道ミサイル早期警戒衛星「NextGen OPIR(Next Generation Overhead Persistent Infrared)」の計画を進めている。これは、ロッキード・マーティンが製作するGEO向けの静止衛星が3基、ノースロップ・グラマンが製作する極軌道向けの周回衛星が2基で構成する。

  • 次世代弾道ミサイル早期警戒衛星「NextGen OPIR」 引用:Lockheed Martin

静止衛星の軌道高度は、約36,000kmと高い。地球の自転と同期して衛星を周回させる(=地上から見ると止まっているように見える)にはこの高度が必要なのだが、そうすると地表が遠い。弾道ミサイルの発射を探知するぐらいなら問題はないが、もっと低い高度を飛ぶ極超音速飛翔体の追尾には具合が悪い。

それなら、もっと低い高度を使用する衛星を使えば、となる。周回衛星は高度の違いから、LEO(Low Earth Orbit, 高度2,000km以下)とMEO(Medium Earth Orbit, 高度2,000-35,786km)に分けられる。例えば、ウクライナ情勢に絡んで急に有名になった「スターリンク」みたいな衛星ネット接続サービスは、LEOに大量の衛星を配置している。しかし周回衛星だから、ひとつの衛星がずっと通信を続けることはできず、複数の衛星がリレー式に通信を引き継いでいる。

極超音速飛翔体の追尾は低軌道の衛星で

極超音速飛翔体の捕捉・追尾も、軌道高度が低い周回衛星のリレー方式でやろうという話になった。多数の衛星を軌道に載せて、リレー式に監視を引き継ぐ理屈だ。軌道高度が低ければ、その分だけターゲットが近くなるから、映像の鮮明さや位置測定の精度向上を期待できる。

アメリカではそうした、新しい衛星群のプログラムがいくつか走っている。日本の報道ではしばしば「コンステレーション」と呼ばれるが、これは本来は「星座」を意味する言葉。

それが、衛星群を意味する一般名詞としても使われている。「コンステレーション=極超音速飛翔体を捕捉・追尾する衛星」ではないのだ。おかしなことになったものだが、それはそれとして。

一つは、米ミサイル防衛局(MDA : Missile Defense Agency)のHBTSS(Hypersonic and Ballistic Tracking Space Sensor)計画で、中範囲の視野角(MFOV : Medium Field of View)を備える電子光学センサーを搭載する。もうひとつが、宇宙開発庁(SDA : Space Development Agency)が進めているSDAトラッキング・レイヤー計画。こちらは広範囲の視野角(WFOV : Wide FOV)を備える電子光学センサーを搭載する。

HBTSSやSDAトラッキング・レイヤーは、新手の脅威である極超音速飛翔体を捕捉・追尾する手段として捉えられることが多い。しかし少なくともHBTSSについては、弾道ミサイルの捕捉・追尾「も」視野に入れているようである。ただしSBIRSやNextGen OPIRが要らなくなるわけではなく、相互補完の関係にある。

地磁気嵐の影響回避で生きたスターリンクの小型化・分散化

とはいえ、極超音速飛翔体という新手の脅威が出現する事態に対処するため、ミサイルの捕捉・追尾に使用する衛星の分野で「小型化・分散化」が発生したのは事実といえる。

ややこしいことに、OPIRという言葉は、NextGen OPIRを指す場合だけでなく、もっと広義に、DSP(Defense Support Program)、SBIRS、NextGen OPIR、そしてHBTSSやSDAトラッキング・レイヤーといった、光学系のセンサーを用いるミサイル防衛関連衛星の総称として使われることもある。だから文脈に注意しないと勘違いの元だ。

そういえば。スターリンクについて上述したが、しばらく前に地磁気嵐の影響で、数十基のスターリンク衛星が使用不能になった。しかし、なにしろべらぼうな数の衛星が軌道上にあるので、通信網が壊滅するようなことはなかったようだ。小型化・分散化が生きた一例といえるかもしれない。

なお、SDAの長官はミサイル防衛関連衛星の将来構想について「将来的には、GEOよりもMEO・LEOの衛星を主体にしたい」との考えを表明しているそうだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。