2022年9月26日に、米海軍横須賀基地に米海軍のミサイル駆逐艦「ズムウォルト」(DDG-1001)が入港、日本全国の艦艇好きが大騒ぎとなった。それに加えて、インディペンデンス級沿海域戦闘艦(LCS : Littoral Combat Ship)の「オークランド」(LCS-24)までやってきた。ということで、今回から米ステルス艦の研究について考えてみたい。
ステルス艦だから失敗した?
この両艦を巡るSNS上での投稿を見ていて、気になった点がある。いずれもラジカルといっていいほどの「対レーダー・ステルス設計」だ。ところが、これから登場する新形艦、すなわちコンステレーション級フリゲートにしろ、構想中の新形駆逐艦DD(X)にしろ、リリースされているポンチ絵はズムウォルト級やLCSよりも穏当というか、「普通の軍艦」っぽい外見をしている。
また、ズムウォルト級は3隻で建造打ち切り、LCSも52隻のハズが35隻程度で建造を打ち切る方針が決まっている。そこで「ステルス艦は失敗だったんじゃないか」「これほどステルス性を追求する必要はなかったんじゃないか」といった按配の論調がゾロゾロ出てきた。しかし、それはちょっと表面的な見方に過ぎるのではないか。
実のところ、ズムウォルト級にしろLCSにしろ、技術的チャレンジやプロジェクトの進め方の問題に「背景事情と作戦構想の変化」が加わり、振り回された部分が大きい。すると、これは将来に同じ轍を踏まないようにするための、一つのケーススタディになり得るのではないか。
フロム・ザ・シー
さて。ズムウォルト級にしろLCSにしろ、冷戦崩壊後に米海軍が持ち出した標語「フロム・ザ・シー」の申し子という一面がある。背景には「ソ連の解体と冷戦構造の崩壊により、もはや第三次世界大戦のような事態は起こらないのではないか」と考えられた一方で、地域紛争や不正規戦のリスクが増大していた事情がある。
そうした中で米海軍は、「海から陸への戦力投射」を前面に押し出すようになった。実際に上陸するのは海兵隊だが、それを運び、支援するのは海軍だ。そして、両用戦を展開する際は着上陸の邪魔をする敵軍を排除するため、火力支援が欠かせない。そこでズムウォルト級は「対地攻撃火力を重視した水上戦闘艦」としてまとめられた。
敵地に近付いて火力支援を行う場面では、反撃を受ける可能性も考慮しなければならないから、ステルス化して生残性を高める。従来の艦における課題を解決するため、船体・機関・戦闘システムのすべてについて最新技術を取り入れる。人件費を抑制するため、自動化・省人化も図る。
ステルス設計を徹底した結果として、波浪貫通タンブルホームという独特の船形ができた。主機は統合電気推進として「推進用」「発電用」の区別を取り払い、大電力を状況に合わせて適宜、航走と戦闘システムに按分する。火力投射のため、新たに155mmの新形艦載砲も開発した。
システム面では、TSCE(Total Ship Computing Environment)を構築して、用途ごとにバラバラにコンピュータ・システムを構築する代わりに、戦闘も艦制御もカバーする統合的なシステムとした。また、省人化のためにダメージ・コントロールの自動化も推進した。ミサイル発射機は舷側の内側にズラリと並べる形として、防御手段を兼ねることになった。
ドンガラもアンコも新規開発案件
結果としてズムウォルト級は、ドンガラ(船体・機関)とアンコ(戦闘システム)の両方で、チャレンジングな新規開発要素がてんこ盛りとなった。
そして、統合電気推進システムも、2種類のフェーズド・アレイ・レーダー(捜索レーダーと、射撃指揮などの多機能レーダー)を組み合わせた対空レーダーも、開発に難航した。結果としてスケジュールは遅れ、コストは上昇した。おまけに、155mm砲で撃つはずだった誘導砲弾は開発に難航した挙句に計画が打ち切られ、撃つ弾がなくなった。こうした事情から、ズムウォルト級の建造計画には大ナタが振るわれる結果となった。
そうこうしている間に、外からは「小規模な地域紛争や不正規戦から、大国の正規軍同士がぶつかり合う戦闘様態への回帰」という大波が来た。それを引き起こした大きな原因は中国にあるが、近年のロシアの動向も、もちろん影響している。
そこで、ズムウォルト級に極超音速ミサイルを搭載する話が進んでいる。その際に、撃つ弾がなくなった155mm砲は降ろすようだ。
ドンガラとアンコを交互に新しくする
過去50年ぐらいのスパンで米海軍の水上艦を見ると、ドンガラとアンコの両方で、こんな新規案件てんこ盛りにした事例は滅多にない。
タイコンデロガ級巡洋艦は初のイージス艦だが、船体はスプルーアンス級駆逐艦の流用。アーレイ・バーク級駆逐艦の船体は新規設計だが、戦闘システムは実績があるイージス戦闘システム。しかもイージス戦闘システムは、ニュージャージー州ムーアズタウンのCSEDS(Combat Systems Engineering Development Site)で継続的に、試験と熟成を重ねている。
ところが、ズムウォルト級は新規開発案件だらけ。船形は縮小サイズの試験船を作ってテストしたものの、戦闘システムについては、陸上での試験・熟成が不足した状態で実艦に載せて、ぶっつけ本番になったとの指摘がある。
その反省から、DDG(X)では船体・機関を新規開発とする一方で、戦闘システムは基本的にアーレイ・バーク級駆逐艦フライトIIIのキャリーオーバーとしてリスクを低減する。それが順調にいったら、次は戦闘システムに新技術を取り入れていく。
コンステレーション級フリゲートは、LCSの数が減った分を低コスト・低リスクで迅速に補うために既存艦の設計をベースとしたから、保守的な形になった。しかも、こちらも戦闘システムはイージスであり、レーダーもジェラルド R.フォード級空母の2番艦以降と同じAN/SPY-6(V)3を使う。新規開発要素はほとんどない。
単に「当初の目論見通りにいかなかった」という結果や外見の違いだけではなく、「何がどうしたから頓挫したのか」「それが次にどう影響したのか」まで見なければ、教訓を汲み取ることはできない。民間企業における各種プロジェクトにも共通する話ではないか。と書いていたら文字量がかさんでしまったので、LCSの話は次回に。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。