海外の軍事関連ニュースを見ていると、ときどき遭遇する言葉が “enabler”。意味は辞書通りで、「○○を可能にするもの」という意味になる。もちろん、米軍が推進している新しい戦闘概念「JADC2(Joint All Domain Command and Control)」にも3つのイネーブラが存在する。今回は、小型化と分散化に関わるJADC2のイネーブラを紹介しよう。
通信
小型化・分散化とネットワーク化は不可分の関係にあるから、当然ながら通信はJADC2のイネーブラとなる。もっとも、軍事の世界ではもともと、通信は重要なものと見なされているし、その延長線上でNCW(Network Centric Warfare、ネットワーク中心戦)という言葉もあった。ただ、以前からあったネットワーク化の考え方からさらに踏み込もうとすると通信の重みが増す、という話にはなる。
もちろん、妨害に強く高い伝送能力を発揮できる通信技術を実現することは重要だが、それだけに頼ってよいのか、という話も出てくる。あるネットワークが使えなくなったとしても、代替手段を用意して途絶を防がなければ、というわけだ。
そこで、米国防高等研究計画局(DARPA : Defense Advanced Research Projects Agency)が2010年代の半ばから走らせている研究プログラムが、「DyNAMO(Dynamic Network Adaptation for Mission Optimization)」。強引に日本語にすると、「任務最適化のために、動的に適応できるネットワーク」ぐらいの意味になろうか。
これだけでは判じ物みたいだが、「陸・海・空といった、あらゆる戦闘空間にまたがるネットワークを動的に構成する」「あるネットワークが使えなくなっても、別のネットワークで代替経路を構成する」と説明すれば理解しやすくなるだろうか。なにやらARPANETの話が出た頃を思い起こさせる展開だが。
DyNAMOでは、すでにあるLink 16、TTNT(Tactical Targeting Networking Technology)、CDL(Common Data Link)など、相互に互換性も相互接続性もない通信規格同士を相互接続するとともに、リンクが切れたときには自動的に別ルート・別通信規格による再構築を実施する考え。例えば、TTNTのリンクが切れたときにLink 16で通信の継続を試みるといった具合になる。(ヤマハのルータで、インターネットVPNが使えなくなったときにISDNに切り替える話を思い出した)
このDyNAMO計画、2016年の7月にレイセオン(当時。現在はレイセオン・テクノロジーズ)傘下のBBNテクノロジーズが900万ドルの契約を得ており、2020年の末には、米空軍研究所(AFRL : Air Force Research Laboratory, Rome, NY)の施設で実証試験を実施するところまで話が進んでいる。
AI
さまざまな分野で「人工知能(AI : Artificial Intelligence)を使って○○しました」というと売り文句になる、あるいは売り文句になると思われている当世だが、国の護りがかかっているJADC2では、もっと真剣に考えている。JADC2の基本的な考え方は「情報の優越」「迅速な意思決定」「領域横断」であり、AIはこれらのうち前二者に関わってくる。
さまざまなセンサー・ノードから流れ込んできたデータを基にして状況を把握した上で、どこにいる何を使って対応するのが最善なのかを迅速に判断して指令を飛ばす。そこで、「人間の頭脳だけでなくAIも活用しましょう」という話になる。例えば、DARPAでは、意思決定支援ツールの研究開発案件「Adapting Cross domain Kill Webs計画」を走らせている。
それはいいのだが、問題は「信頼できるAIの実現」「AIに関する説明責任」であろう。適切なデータを学習して適切な意思決定支援ができるAIでなければ、国の護りに資することにならない。適切なデータを用意して適切に学習していることの保証、意思決定におけるAIと人間の責任分担など、考えないといけない問題はいろいろありそうだ。
クラウド
複数の戦闘空間にまたがって領域横断的な情報共有・意思決定・指揮統制を実現しようとすると、情報システムのあり方も異なってくる。戦闘空間ごとに独立したシステムを構築するのでは、「領域横断」どころかストーブパイプ化しかねない。
そのため、JADC2に関連して「クラウド技術の活用」がうたわれている。小型化・分散化・領域横断の御時世になると、軍用情報システムの基本的なアーキテクチャから考え直さなければならないようである。
もちろん、その中では「クラウドとエッジの役割分担をどうするか」という話も出てくるだろう。何でもかんでもクラウド側にぶん投げれば、クラウド側だけでなく、ネットワークにかかる負荷も大きくなる。エッジ側でも処理を分担しなければならない場面が出てくるだろう。では、何をどこまで分担するのが最適なのか。
たぶん、机の上であれこれ検討したり議論したりするだけでは足りず、モデリングやシミュレーションを活用してさまざまな形態を試したり、実際に実証試験や演習の場でシステムを動かしてみたりして、最適解を求めていく作業が不可欠ではないだろうか。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。