通信・航法・識別(CNI : Communications, Navigation and Information)に関する一連の話題の締めくくりとして、特に通信分野に的を絞って「〆の回」としたい。

一元化に不可欠な相互接続性・相互運用性

何も軍事の分野に限ったことではないが、通信とは「通じてナンボ」である。つながらない無線電話よりもつながる糸電話のほうがマシ、といったら言い過ぎか。

そしてその「通じてナンボ」は、特定のエリア、特定の部隊、特定の軍種の内輪だけで実現する話ではなくなってきている。統合作戦とかマルチドメイン戦とかいう言葉がいわれるようになってしばらく経つが、それは単に、複数の軍種、複数の戦闘空間で同時並行的に何かするというだけの話ではない。

つまり、軍種や戦闘空間の境界を越えて、全体をカバーできる単一の情報共有や指揮統制を実現しなければならない。それができてこその統合作戦であり、マルチドメイン戦である。戦車同士、艦艇同士、戦闘機同士をネットワークで結んで「ネットワークでござい」とやっているだけでは足りない。

  • イージス艦のマストに取り付けられたアンテナ群。レーダーよりもむしろ、通信関連のアンテナが多い。これらが現代戦の死命を制している 撮影:井上孝司

陸海空にまたがるイスラエルの統合ネットワーク

陸海空にまたがる統合化されたネットワークという話になると、実はイスラエル軍がかなり先行していた。「イスラエルで海戦?」といわれそうだが、シリアやレバノンやガザ地峡は地中海に面しているのだから、海から作戦を展開する場面もある。

主戦場が陸上であるにしても、空からの支援は不可欠になるし、場合によっては海からの支援も必要になる。それらを一元的に、俯瞰的に指揮統制するためには、陸海空にまたがる情報網が要る。

それを実現しようとすれば、陸海空のみならず、その他のすべての戦闘空間も含めて、相互接続性・相互運用性を備えたネットワークを構築しなければならない。過去の行きがかり上、軍種ごと、戦闘空間ごとにそれぞれ部分最適化したネットワークをすでに構築してしまっているのであれば、間にゲートウェイをかまして相互接続性・相互運用性を確保することも考えなければならない。

なぜ一元化が必要か

では、どうして「すべての軍種、すべての戦闘空間にまたがる一元的なネットワーク」が必要なのか。

軍種ごと、戦闘空間ごとに独立したネットワークを構成した状態では、情報共有も指揮統制も、軍種ごと、戦闘空間ごとに独立してしまう。そして、情報共有や指揮統制が軍種ごと、戦闘空間ごとに独立した状態では、交戦も軍種ごと、戦闘空間ごとに独立して行う形にならざるを得ない。

それでは、時系列の上では「複数の戦闘空間で同時並行的に作戦を展開する」ように見えるかもしれないが、単にバラバラに動いているだけである。調和がとれないし、調整も難しい。間に連絡士官か誰か、人間を置いて仲介させる手もあるが、それでは時間がかかるし、連絡ミスの可能性もつきまとう。

米軍では1980年代から、「ゴールドウォーター=ニコラス軍改革法」の定めにより、地域ごとあるいは分野ごとに「統合軍指揮官」を置いて、複数の軍種の部隊をまとめて指揮下に入れる体制を作っている。これは組織の上での統合化だが、その上に乗っかる形で情報システムや指揮統制も統合化する。それができれば、より有用性が高い統合指揮が実現すると期待できる。

  • 米軍では、地域ごと・機能ごとに「統合軍」を置いて、ひとりの指揮官がすべての軍種の部隊を指揮する形をとっている。すると、軍種ごとに別個のネットワークを組む形では具合が良くない 引用:米議会調査局報告書(The Unified Command Plan and Combatant Commands: Background and Issues for Congress)

複数の軍種、複数の戦闘空間を統合的に扱うメリット

筆者は時々、武器をジャンケンのグーチョキパーになぞらえることがある。AはBより強いかもしれないが、BはCより弱いかもしれない。ところがCはAより弱いかもしれない。

といった具合に、強弱の関係、得手不得手の関係はさまざまだ。それぞれの状況に応じて、もっとも有利になれる手持ちの資産を投入するのが理想だが、果たしてそれは同じ軍種、同じ戦闘空間のものに限られるのであろうか?

「敵軍が戦車を差し向けてきたからといって、こちらも戦車で対抗するべきなのか。ジャベリン対戦車ミサイルのほうが安上がりではないか」との論がある。一見したところではまっとうな言い分に見えるかもしれないが、結局のところ、「陸」という戦闘空間の枠からは出ていない。これを「ドメイン・ストーブパイプ」という。その枠内で「雨が降ってきたから傘をさす」というロジックである。

同じように「傘をさす」にしても、複数の軍種、複数の戦闘空間を統合的に扱っていれば、「違う軍種や戦闘空間に、もっと有用な資産、有用な戦い方がないだろうか?」という考え方が成立し得る。そして「統合的に扱う」ためには「統合的な情報共有、統合的な指揮統制」と、それを支える情報システムが必須なのである。

おわりに

今回は、普段と少々異なる趣向になってしまったかもしれない。実は、CNIシステムというテーマから次のテーマに移っていく過程で、こうした解説が欠かせないのではないかと考えて、それで上記のような話を取り上げてみた。

本連載は「軍事とIT」という看板だから軍事分野をお題にしているが、実のところ、さまざまな事業を手掛けている民間企業においても、似たような課題は生じるのではないだろうか。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。