通信衛星・偵察衛星と並んで軍事衛星の3本柱を構成していると言えそうなのが、測位衛星(航法衛星)だろう。米軍が運用しているGPS(Global Positioning System)は、軍用だけでなく民間にも開放されていることから、カーナビ、スマートフォンやタブレット、さらには単体のGPSロガーなど、さまざまな分野で活用されている。
GPSの前にNNSS
衛星航法システムというとGPSが有名になりすぎたが、実はその前がある。米海軍が1964年に運用を開始した「NNSS(Navy Navigation Satellite System)」がそれだ。当初は軍用としてスタートしたが、1967年に民間にも開放しており、日本のメーカーでも受信機を製作・販売していたことがある。
NNSSは、軌道高度1100kmの円形極軌道を周回する6基の衛星から150MHzと400MHzの電波を送信していた。その内容は、時刻信号と軌道位置データを2分ごとに送信するというもの。2分ごとに送られる時刻信号についてドップラー効果による周波数の変化を調べることで、衛星と受信機の間の距離を計算する。それと軌道位置の情報を突き合わせて測位する仕組みだという。
しかし、その後にGPSが登場したことで出番がなくなり、NNSSは1996年いっぱいで運用を終了した。
GPS
そしてGPSである。開発開始は1973年だが、所要の衛星が出そろったのは1990年代に入ってからの話だ。1991年の湾岸戦争では、まだ衛星の数が足りず、時間によっては精確な測位ができないことがあった。
GPSで使用する衛星はNAVSTARという。航法(Navigation)に使う衛星だからこういう名称にしたわけだが、実はこれ、Navigation System with Time And Rangingという頭文字の略語でもある。しかし、これはおそらくバクロニムで、先に「航法用だからNavigationにちなんだ名前にしよう」といってNAVSTARという名前を決めてから、それらしい単語をねじ込んだのではないだろうか。
閑話休題。最近ではNAVSTARという名称よりもGPS衛星という名称のほうが一般的になっているようだ。これには複数のバージョンがあり、これまでに打ち上げられたのは以下の面々だ。
- ブロックI : 11基
- ブロックII : 9基
- ブロックIIA : 19基
- ブロックIIR : 13基
- ブロックIIR-M : 8基
- ブロックIIF : 12基
ちょうど2月5日に、IIFの最終号機打ち上げが実現したところだ。この後は、ロッキード・マーティン社が最新型のブロックIIIについて、開発・試験・打ち上げ準備作業を進めているところである。
NAVSTAR衛星は高精度の原子時計を搭載しており、周回軌道上を回りながら、衛星の位置と時刻に関する情報を発信している。シグナルには軍用と民間用があり、さらに衛星のバージョンアップによって新波が追加されているので、顔ぶれは多様化している。
GPS受信機は、電波を発信してから受信するまでの時間差を把握することで、衛星と受信機の間の距離を知る。その処理を3基の衛星に対して行うことで、3次元の位置計算が可能になる。だから、最低3基の衛星から電波を受信できなければ、GPSによる測位は成立しない。
さらに4基目の衛星を受信対象に加えることで、時刻の要素を加えた四次元連立方程式を解くことができ、精度が向上するとされる。つまり、GPSは位置だけでなく精確な時刻を得るツールとしても利用できるので、PNT(Position Navigation and Time)という業界用語がある。
衛星が十分に出そろっている現在では、電波を受信できる位置にある衛星の数はもっと多いのが普通だ。その場合、受信状態の良い衛星、あまり近接していない複数の衛星を選ぶほうが望ましい。
他国のシステム
旧ソ連~ロシアではGLONASS(Global Orbiting Navigation Satellite System)という衛星航法システムを構築・運用している。衛星の所要数は24基だが、ソ連崩壊後の財政難が原因で、運用期限が切れた衛星の後継機を打ち上げられず、衛星が不足した時期があった。しかし、ロシアの財政状況好転やインドの相乗りもあり、現在では所要数を充足できている。
EU諸国が独自に立ち上げたのがガリレオ計画だ。アメリカのGPSに全面依存する事態を避ける狙いがある。ただ、ガリレオの動作原理はGPSと類似しており、両者で民間向けのシグナルについて互換性を持たせる話も決まっている。
まず、実験用の衛星としてGIOVE(Galileo In-Orbit Validation Element)×2基を打ち上げた後、本番用衛星の打ち上げに移り、2015年末の時点で12号機まで打ち上げられた。GPSに地上のインフラを組み合わせて測位精度を向上させるデファレンシャルGPSがあるのと同様、ガリレオでもEGNOS(European Geostationary Navigation Overlay Service)の構想がある。
そのほか、GPSに対抗する測位システムを独自に整備しようとしている国として中国とインドがある。中国は北斗航法システム(CNSS : Compass Navigation Satellite System)といい、最終的には2020年までに35基の衛星をそろえる予定となっている(40基とする情報もある)。
一方、インドはIRNSS(Indian Regional Navigation Satellite System)の整備を進めており、所要の衛星7基のうち5機目の打ち上げまで進んだところだ。IRNSSは静止衛星を主体としているところが特徴で、カバー範囲は自国の周辺となっている。この辺が、全世界のカバーをもくろんでいる他のシステムと違うところだ。
そして日本でも準天頂衛星「みちびき」があるのはご存じの通りである。ただ、これは軍用とうたっているわけではないので、「軍事とIT」としては「こういうものもあるよ」という話にとどめておく。