2022年1月10日、米国メリーランド州の57歳の男性にブタの心臓を移植する手術が行われてから、そろそろ1年が経とうとしている。世界初の事例となるこの移植手術を実施したメリーランド大学医学部「UMSOM」は、その後も新しい発見について報告を続けているという。

そして世界では、その後もさまざまな取り組みが行われている。では現在、ブタの臓器をヒトへ移植する技術はどこまで実現に近づいているのだろうか。今回は、こんな話題について紹介したいと思う。

ブタの心臓をヒトへ移植することで2ヶ月間生存!

2022年1月10日、米国メリーランド州の57歳の男性にブタの心臓を移植する手術が成功したというニュース(注1)は、当時世界を駆け巡った。ブタの心臓移植手術を行なったのは、メリーランド大学医学部(UMSOM)。これは世界初の事例だった。移植されたブタの心臓は、4つの遺伝子の機能を失わせ、ヒトの6つの遺伝子を加えた遺伝子組み換えが行われたものだった。患者は末期の心臓病を抱えていたが、移植後は心臓が正常に機能し、明らかな拒絶の兆候は見られなかったという。しかし、残念ながら男性は2ヶ月後に亡くなっている。

またUMSOMは2022年11月14日、「ブタの心臓の電気信号は、通常ヒトの心臓よりも速く伝わるが、移植されたブタの心臓の電気信号は、はるかにゆっくりと伝わることがわかった」などとプレスリリースで報告している(注2)。

  • ブタの心臓を人間に移植する手術を初めて行ったメリーランド大学医学部「UMSOM」

    ブタの心臓を人間に移植する手術を初めて行ったメリーランド大学医学部(出典:UMSOM)

またこの他にも、ニューヨーク大学においては2022年6月と7月、脳死を判断されたヒトに対し、ブタの心臓を移植することに成功している(注3)。手術後は55時間の間、拒絶反応の兆候は観察されず、心臓は標準的な移植後の薬物療法で正常に機能し、追加の機械的処置も必要もなかったという。

また、アラバマ大学においても、脳死と判断されたヒトに対して、ブタの腎臓を移植する手術に成功している。移植された腎臓は77時間もの間、血液を濾過し、尿を生成し、拒絶反応もなく正常に機能していたという(注4)。

ブタとヒトの間での腎臓移植に関するアニメーション動画はこちら(出典:アラバマ大学)

ブタの臓器移植手術は失敗でなく未来への足跡!

ブタの臓器をヒトへ移植した手術の事例を3つ紹介したが、どれも患者は亡くなっているという事実はある。しかし多くの専門家をは悲観的に捉えておらず、コロンビア大学のMegan Sykes博士によると、異種移植に関する技術について失敗したという意味にはならないという。

まず、なぜブタの臓器に注目されているのか、という点を考えよう。それは、ブタの臓器の大きさと生理機能がヒトに似ているためだ。米国では10万人以上が臓器移植を受けるために待機していて、毎日平均17人が移植を実現できずに死亡している現実がある。この問題を、豚の臓器を活用した移植で解決することができれば、早期の段階で多くの命が救われるという期待があるのだ。

しかし、そのために解決すべき課題ももちろんあるという。その1つは、異種移植による拒絶反応のメカニズムの解明が挙げられるだろう。また、ブタの臓器がヒトの体内で正常に機能するために最も効果的な遺伝子改変技術や、異種移植された臓器をヒトの免疫系が受け入れるメカニズムの解明など、科学的および医学的な検証が必要だという。他にも、移植する臓器を提供するブタを飼育しなければならない特定の条件の確立などもある。さらに、そのブタの臓器の、病院やレシピエントまでの輸送を含めたプロセスの検討もあるだろう。

また、倫理面の観点もある。いくら技術的に異種移植が可能になっても、人々に受け入れられなければ、現実の医療として普及していくのは難しいだろう。日本でも、異種移植の倫理については、日本では十分議論されていないため、しっかりとした議論が必要だと主張する専門家もいる。

とはいえ、検討が行われているのは確かな前進であろう。ブタの臓器移植で多くの人が助かる、そんな未来も遠くないかもしれない。

注1:UMSOM ニュースリリース
注2:UMSOM ニュースリリース
注3:ニューヨーク大学 ニュースリリース
注4:アラバマ大学 ニュースリリース