米国航空宇宙局(NASA)などは2021年12月25日、「ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)」を打ち上げた。

JWSTは、宇宙初期に生まれた星や銀河の光や、太陽系内にある天体、さらに太陽系外にある惑星まで、宇宙のさまざまな時代や姿を観測することができ、数多くの新しい発見をもたらすと期待されている。

連載第3回では、JWSTが赤外線で宇宙を観測することでどんなことがわかるのかについて、大きく4つの代表例を解説する。

  • ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡

    初代星が生まれる瞬間を描いた想像図。初代星はビッグバンから約1億年後に、水素とヘリウムの高密度領域が重力で崩壊し、雲の中心部の圧力と温度が十分に高くなり、水素原子が融合して、光のエネルギーを放出し始めたと考えられている (C) Adolf Schaller for STScI

宇宙で最初に生まれた星から火星の生命まで

JWSTは、宇宙の始まりであるビッグバンの直後に生まれた最初の星から、銀河や星、惑星の形成、そして私たちが住む太陽系の進化まで、宇宙の歴史のあらゆる段階、姿かたちを調べることを目的としている。

より具体的には、「初期の宇宙はどんなものだったのか」、「銀河の過去、現在、未来」、「恒星や惑星はどのように生まれるのか」、そして「太陽系内外にある惑星と、生命の起源」という、大きく4つのテーマにまつわる謎を解き明かそうとしている。

初期の宇宙はどんなものだったのか

現代の宇宙論における最も大きな疑問のひとつが、現在の宇宙がいかにしていまの姿になったのかということである。

初期の宇宙は高温、高密度のプラズマ状態にあり、ほぼすべての原子は電離していたと考えられている。その後、宇宙の膨張により温度が冷えると、陽子と電子が結合し中性水素がつくられはじめた。これにより、それまでプラズマ中での散乱によりまっすぐ進むことができなかった光子は、私たちのもとまで届くようになり、それが現在「宇宙マイクロ波背景放射(CMB)」として観測されている。

このように原子の中性化が起きる時期のことを「宇宙の再結合期」、もしくは「宇宙晴れ上がり」と呼ぶ。

これ以降、しばらくは天体の存在しない時代、「暗黒時代」が続いたが、ビッグバンから数億年後には宇宙で最初の恒星の一群「初代星」の形成が始まった。そして銀河、銀河団と大規模な構造の形成が進み、やがて現在の宇宙の姿かたちへと至ったと考えられている。

また、初代星の形成後、現在の宇宙になるまでの過程には、「再電離期」、または「宇宙の夜明け」と呼ばれる時代があったと考えられている。これは、再結合期以後、中性状態で存在していた水素が、初代星やその後の銀河などが発する紫外線などの光によって電離を引き起こされる現象である。現在では再電離は完了しており、宇宙の大部分は電離した状態にある。

ただ、宇宙の始まりはまだまだ謎が多い。たとえば初代星はどのように生まれたのか? どのような性質を持っていたのか? 再電離はいつ、なにがきっかけで、どのようにして起きたのか? 最初の銀河はどのように生まれたのか?……。

こうした謎に答えるため、JWSTは近赤外線で宇宙の奥深くを探索。宇宙の暗黒時代の中から形成された初代星や銀河を観測し、宇宙の夜明けの時代に何が起こっていたのかを解き明かすことを目指している。

連載第2回で触れたように、遠くの宇宙を見るということは、過去の宇宙を見るということである。その意味では、JWSTは135億年以上前にまでさかのぼれる、強力なタイムマシンともいえよう。

  • ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡

    宇宙の誕生から現在の宇宙になるまでを描いた概念図。JWSTはこのうち、初代星が生まれ、最初の銀河たちが形成されていく、宇宙の夜明けになにが起きたのかを解き明かすことを目指している (C) STScI

  • ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡

    ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した、初期の銀河を写した「ハッブル・ディープ・フィールド」と呼ばれる領域の画像。ビッグバンから4億から8億年後にある銀河が、1万個近く写っている。JWSTによって、より遠く(=過去)の銀河が見られると期待されている (C) Robert Williams and the Hubble Deep Field Team (STScI) and NASA

銀河の過去、現在、未来とダークマター

私たちが属する銀河系や、有名なアンドロメダ銀河は、渦を巻いた円盤状の「渦巻銀河」として知られる。

しかし、非常に遠くにある銀河、すなわち古い銀河を見ると、まったく異なる姿をしている。これら初期の銀河の多くは、小さくて塊状であることが多く、重たい塊の中で多くの星形成が起こっている。そして、小さな銀河の衝突などいくつもの過程を経て、何十億年もかけて形成されたと考えられている。巨大な銀河もまた、同じような大きさの銀河が衝突し、互いに干渉し合い、合体することで形成されたと考えられている。

しかし、銀河がどのように進化し、どのような構造をもつようになるかは、大きな謎となっている。

また、ほとんどの銀河の中心には、非常に大きなブラックホールが存在することがわかっているが、そのブラックホールと銀河の関係はどのようなものなのかはわかっていない。さらに、恒星が生まれる(星形成)メカニズムについても、銀河の内部で起こるのか、他の銀河との相互作用や合体によって起こるのか、まだ解明されていない。

JWSTはこうした、銀河はどのように形成されるのか? その特徴的な形はどのようにしてつくられるのか? 銀河中心にあるブラックホールは銀河にどのような影響を与えているのか? そして大小の銀河が衝突したり、合体したりするとどうなるのか? といった疑問に答えようとしている。

また、銀河は現在も、衝突や合体をして新しい銀河を形成していることがわかっており、私たちの銀河系もまた、いまから何十億年後にはアンドロメダ銀河と衝突する可能性があると考えられている。銀河の進化の歴史を調べることで、銀河合体の詳細や、銀河の形成過程を解明することにもつながるかもしれない。

さらに、銀河の形成にはダークマター(暗黒物質)が大きく関係していると考えられており、その説の検証にも臨む。

  • ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡

    ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した、「Zw II 96」と呼ばれる銀河合体の画像。遠紫外から近赤外までの多波長で撮影されたもの。JWSTを使えば、こうした現場をより詳しく観測できると期待される (C) NASA/JPL-Caltech STScI/H.Inami (SSC/Caltech)

恒星や惑星はどのように生まれるのか

星と星の間には、ガスや塵からなる星間物質が存在し、その中でも密度の高い場所は「分子雲」と呼ばれる。そこからさらに高密度の場所は「分子雲コア」と呼ばれ、その密度がさらに高まることにより、中心部で「原始星」が形成され、そして核融合が始まり恒星が生み出される。

その誕生の様子や初期進化を解明するためには、星形成が始まる高密度の塵の中を覗き込むことが必要となるが、可視光では塵で覆い隠されるため観測できない。そこで、赤外線で観測できるJWSTの出番となる。

JWSTは、ガスと塵の雲はどのように星を形成するのか? また、なぜほとんどの恒星が集団で形成されるのか? そして、恒星が誕生したあと、どのようにして惑星系が形成されていくのか? といった謎を解明することを目指している。

また、大質量の恒星は最終的に超新星爆発によって一生を終え、星間分子雲は吹き飛ばされて拡散し、ふたたび元の星間ガスへと戻っていき、そして次の世代の恒星や惑星に“リサイクル”されるが、そのメカニズムがどうなっているのかも大きな謎のひとつであり、JWSTの観測と理論の組み合わせにより、その詳細が明らかになると期待されている。

  • ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡

    ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した、「イータ・カリーナ星雲」の中にある「ミスティック・マウンテン」と呼ばれる構造の画像。左が可視光、右が赤外線で撮影されたもので、赤外線ではガスや塵の向こう側にある星も写っている (C) NASA/ESA/M. Livio & Hubble 20th Anniversary Team (STScI)

太陽系内外にある惑星と、生命の起源

太陽系の外に惑星(系外惑星)が初めて発見されてから30年が経った。これまでに5000個近い系外惑星が見つかっており、系外惑星はごく普通に存在することがわかってきた。しかし、いわゆる「もうひとつの地球」のような、液体の水をたくわえ、そして生命が存在できるような惑星は、まだ見つかっていない(候補はいくつか挙げられている)。

JWSTの惑星探査における目的のひとつは、まさしくそんな、恒星のハビタブル・ゾーン(天体の表面に液体の水が安定的に存在できる領域)を周回している、もうひとつの地球のような惑星を発見することにある。実現すれば、系外惑星の探査において大きな一ページとなるばかりか、地球外生命の有無をめぐる研究にとっても大きな一歩となる。

また、地球や宇宙の生命の起源をたどるためには、惑星の形成と進化を研究する必要もある。そのためには、惑星の構成要素がどのように組み立てられていくのか、惑星系を生み出す星周円盤の構成要素とはどんなものなのか、といったことを理解することが重要であり、JWSTを使えばその大きな手がかり得られるかもしれない。

くわえて、惑星系の惑星はその場で形成されるのか、それとも惑星系の外側で形成された後に内側へ移動するのかといった疑問や、大きな惑星が小さな惑星にどのような影響を与えるのかといった疑問についても、観測と理論、そして太陽系との比較などと組み合わせることで、理解が進むことが期待されている。

  • ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡

    赤色矮星の周りを回る系外惑星「ケプラー1649c」の想像図。地球からはくちょう座の方向約300光年にあり、主星ケプラー1649のハビタブル・ゾーン内を公転しているとされる。大きさは地球の1.06倍、地球と同じく岩石が主体の地球型惑星であると考えられている (C) NASA/Ames Research Center/Daniel Rutter

さらにJWSTは、太陽系内の天体の探索にも大きな威力を発揮する。JWSTは、太陽系外縁部にある彗星やその他の氷の天体(カイパーベルト天体)を観測し、その特徴を明らかにするのに十分な能力を備えており、そこには地球における生命の起源を知る手がかりがあるかもしれない。

また、土星へ望遠鏡を向ければ、新しい衛星や環の発見、嵐の観測、天体の衝突現象の観測などが行うことができ、火星へ向ければその大気中に含まれる有機物の探索が可能であり、火星探査機とともに、過去、あるいは現在の生命の痕跡を探すことにも役立つ。

  • ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡

    NASAによる過去の火星の想像図。地球のように表面には液体の水があり、生命がいた可能性もあると考えられている (C) NASA/GSFC


JWSTは、その大きな望遠鏡と高性能な観測機器を使うことで、宇宙の始まりから現在、そして未来――宇宙で最初に生まれた星から地球外生命の痕跡、銀河系の今後までを見通す、八面六臂の活躍を果たすと期待されているのである。

(次回に続く)