imecのイノベーションアワードをApple Silicon開発担当者が受賞
ベルギーimecは毎年、年次イベント「ITF World」において、半導体の革新に貢献した人物にイノベーションアワードを授与してきたが、2025年はAppleのハードウェア技術担当シニアバイスプレジデントであるジョニー・スルージ氏が選ばれた。
同氏は、Appleにとって初めて独自設計した半導体チップである「Apple A4」(2010年1月発表)を手はじめに、その後15年にわたり「Apple Silicon」の開発を指揮してきた人物で、そのリーダーシップを通じてAppleの技術ロードマップの形成に果たした重要な役割が評価された。スルージ氏はApple製品の定義を刷新しただけでなく、より広範な半導体エコシステムに大きな影響を与え、機能、体験、そしてAIを新たな高みへと引き上げるチップ技術の進歩を促進したという。
同氏は、2008年にAppleに入社して同社初の自社設計SoCとなるA4チップの開発チームを率いてからこれまで、Appleのハードウェア技術全般にわたるイノベーションを推進する世界クラスのエンジニアチームを主導してきており、Apple Siliconのほか、バッテリー、カメラ、ストレージコントローラ、センサー、ディスプレイ、そしてAppleの製品ラインナップを特徴づけるその他の重要コンポーネントの進歩を牽引してきた。
Appleの開発担当者が語ったこれまでのApple Siliconの歩み
同氏は受賞講演で、パソコンやスマートフォンなどの主力製品に搭載している独自半導体「Apple Silicon」の歩みを振り返った。
Appleは2007年、初代「iPhone」を発売したが、そうした初期のことのiPhoneには、アプロケーションプロセッサとしてSamsung Electronicsに設計・製造を委託したものを搭載していた。ただし、他社の設計に頼るのでは、タッチパネルに対応したプロセッサの最適化や低消費電力化が難しかったため、半導体を他社から買い続けるか自社開発するかの選択を迫られたという。同氏は「独自の半導体を開発するのは困難を極めたが、今から振り返れば最も効率的な方法だったと過去を振り返った。
第1弾の独自半導体となるSoC「A4」は、電力効率を高めることを目指した。Apple自身が設計したプロセッサをSamsung Electronicsの45nmプロセスで製造し、初代「iPad」や「iPhone 4」に搭載。54mm2のチップに1億9000万個のトランジスタを搭載。CPUおよびGPUにはシングルコアを採用した。
Apple独自設計の半導体第2弾である「Apple 5A」およびその改良版である「Apple 5AX」は、A4と同じ45nmプロセスでAppleが設計し、Samsungが製造した。A4に比べてチップ面積は増大し、搭載トランジスタ数も5億(A5)~6億5000万個(A5X)に増え、CPUおよびGPUもデュアルコアに変更された。電力管理回路を搭載したことによって、A4ではクロック周波数が常時1GHzで動作していたのに対し、A5はアプリケーションの動作によって、クロック周波数を切り替えられ、搭載機器の稼働時間を高めることが可能になった。Apple A4と性能を比較すると、処理性能が2倍、グラフィック性能が9倍に向上したとする。
その後、今日に至るまで、iPhoneやiPadやiMacはじめApple製品のために毎年複数個の半導体チップを設計してきたが、2015年に発売したスマートウオッチ「Apple Watch」や翌年発売のワイヤレスイヤホン「AirPods」は、スルージ氏にとって省電力化の限界に挑む機会になったという。
iPhoneでは消費電力をmW(ミリワット)レベルで設計していたが、Apple WatchやAirPods向けでは電池容量の制約がありμW(マイクロワット)レベルでの設計が必要になった。Apple Watch向け独自半導体では映像表示や電力管理、セキュリティーなどの機能にiPhone向けのIPを転用したが、演算能力やメモリ容量は大幅に抑えざるを得なかった。
その後、パソコン向け半導体もIntelに代えて自社で設計するようになり、2020年にパソコン「Mac」シリーズに独自半導体「M1」を初めて搭載した。M1はTSMCの5nmプロセスで製造した。
2024年に発売したゴーグル型端末「Apple Vision Pro」では、電力効率の高さだけでなく、センサーデータの処理速度やディスプレイ表示の遅延の少なさへの配慮が必要になった。開発した独自半導体「R1」は12個のカメラからのデータを並列に処理しつつ、HBM(広帯域メモリー)と高速に通信できるようにして遅延の少ない高画質表示を可能にした。
2023年に発表したパソコン向け独自半導体「M3」と最初期のApple A4を比べると、GPU性能は1万7000倍に高まっている。Apple製品の特徴を生かし、電力効率を高め、電池寿命を長くするには独自設計半導体が欠かせないので、今後も設計を続け、製造はファウンドリに託すという。
世界著名企業のトップたちが講演
Appleの受賞講演のほか、imecのパートナー企業各社が講演を行った。以下に、その概要を紹介する。
ソニーセミコンダクタソリューションズ会長の清水照士氏は、「感情を創り出すイメージングとセンシング技術」と題して、ソニーグループのキーワードである「Emotion(感動)の創造」に貢献するイメージング&センシング技術の最新の取り組みを紹介した。
NVIDIAの先端技術担当副社長であるヴィヴェック・シン(Vivek Singh)氏は、「コンピューティングの未来は加速する」と題した講演を行い、「半導体ファブでは、さらに微細化に挑戦するために、複数のプロセスモジュールにわたる正確なモデリングと複雑な最適化戦略が必要だが、AI手法はファブにおける長年にわたる課題の解決を支援するので、加速したコンピューティングとAIが今後ますます最先端ファブで活用されるようになる」と述べた。
Micron TechnologyのEVP兼CTOのスコット・デボア(Scott DeBoer)氏は、「メモリとストレージがAI革命を解き放つ」と題して講演し、「AIワークロードは効率的なデータ処理を必要としており、導入を加速しユーザーエクスペリエンスを向上させるために、メモリ階層の再構築と最適化が不可欠である。DRAMはリアルタイム処理に必要な速度を提供し、NANDは大容量で電力効率の高いストレージソリューションを提供し、高帯域幅メモリ(HBM)は、処理速度とデータ転送速度のギャップを埋め、シームレスなパフォーマンスを実現する。SSDは、ビット単価を低く抑えながら高性能なストレージ層を提供し、総所有コスト(TCO)を抑えながら大容量を実現する。これらのメモリ製品を組み合わせることで、大規模言語モデル(LLM)の大規模な導入が可能になる」とメモリの重要性を語ったほか、「AIの潜在能力を最大限に引き出すには、メモリ性能、帯域幅、そして電力効率におけるさらなるイノベーションが不可欠となる。高度なメモリソリューションを最適化することで、AIアプリケーションに必要な高性能を実現し、この分野における画期的な開発への道を切り開くことができる」とAIとメモリの関係性を強調した。
このほか、Googleのディープマインド研究担当副社長を務めるクレメント・ファラベット(Clement Farabet)氏は「今後2~3年以内に高度人材の半分程度の能力を備えたAIが登場する」との見通しを語っている。
(次回に続く)