高度にインターネットが発達した現代では、知りたい情報をすぐに検索して調べることができる。一方で、本を読むことで得られる想像力やインスピレーションも重要だ。"本でしか得られない情報"もあるだろう。そこで本連載では、経営者たちが愛読する書籍を紹介するとともに、その選書の背景やビジネスへの影響を探る。
第4回は、FAQや社内ナレッジの高度化を支援するエンタープライズサーチ「Helpfeel」や、ドキュメントによるコラボレーションを創出する「Cosense」などを開発し提供するHelpfeel代表取締役 CEOの洛西一周氏に取材した。洛西氏はイスラエルの歴史学者・哲学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏が執筆した『サピエンス全史』(河出書房新社)を選んだ。
歴史の教科書で学ぶ縄文時代よりもさらに前、20万年以上前から東アフリカでホモ・サピエンスは暮らしていたとされる。歴史の授業ではさらりと飛ばしてしまいそうな時代のことだが、実はホモ・サピエンスの繁栄の陰には、ホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)、ホモ・エレクトス、ホモ・ソロエンシスなど、多くの"人類"の歴史も刻まれている。
なぜ、現代にわれわれホモ・サピエンスだけ残っているのだろうか。『サピエンス全史』では、その秘密が「虚構」にあり、虚構はすなわち「貨幣」「帝国」「宗教」に通ずると述べられている。
社内で書籍のレビューを共有し読書を促進
--普段の読書の様子や頻度について教えてください
洛西氏:普段はSNSで知人がおすすめしている本を買って、週に1冊くらいのペースで読んでいます。直接の知人ではなくとも、たまたまSNSで目にした本に興味を持って読んでみることもありますね。Webメディアで本を紹介している記事がきっかけになる場合もあります。
当社は書籍購入の補助制度を設けており、これを使って読書をする社員が多いです。また、各自が読んだ本のレビューや感想を自由に共有できるイントラページを作っているので、そのレビューを見て興味を持つこともありますよ。
最近は電子書籍を読む機会が増えましたが、紙か電子か、本の形態にはあまりこだわっていません。『サピエンス全史』は上巻を紙で、下巻を電子書籍で読みました。
--読む本はどのように決めていますか
洛西氏:本を読むモチベーションは経営です。仕事と私生活を分けて考えられる方も多いと思いますが、私は普段生活をしていても常に事業の課題が頭の中に残っているタイプです。その課題に何か引っかかる本があれば、読んでみようと思えます。なので、ビジネス本が多いですね。
そのときに抱えている経営課題の解決につながりそうな内容の本であれば、出張の移動中や週末のまとまった時間を使って一気に読みます。週に1~2回くらい新幹線移動があるので、その移動中は本を読む時間に使います。最近は稲盛和夫さんの『アメーバ経営』(日経BP)を読みました。
ビジネス本や経営本は、その内容を解説した「マンガでわかる○○」のような本が出されることがあります。いきなり難しい内容を読み始めるのではなく、そういった解説本で概要を理解してから実際のビジネス本を読み始める機会も多いです。
実は、『サピエンス全史』も「マンガでわかる」のような解説本を読みました。これは順番が逆で、『サピエンス全史』を一通り読んでから、その内容を13歳の子どもに伝えるためにマンガを読んだという経緯です。
「虚構」の物語がホモ・サピエンスの協力を可能にした
--『サピエンス全史』を読んだきっかけを教えてください
洛西氏:この本もSNSで知りました。Takram代表取締役の田川欣哉さんがSNS上で「この本は絶対に読むべし」というくらい強く推薦していたのを覚えています。
もともと歴史や人類の進化に興味があったので、スムーズに読めました。ユヴァル・ノア・ハラリに「こんな天才がいるのか!」と衝撃を受け、同じ著者の『21 Lessons:21世紀の人類のための21の思考』(河出書房新社)や『ホモ・デウス』(同)も読みました。
その中でも『サピエンス全史』は圧倒的に面白く、バイブルのように私の思考に影響を与えました。年に1冊ほどそういった本に出会えるのですが、特に『サピエンス全史』は面白かったので今回紹介しようと思いました。
--印象に残ったエピソードを教えてください
洛西氏:主に3つのエピソードがあります。1つ目はホモ・サピエンスと文明の話です。ホモ・サピエンスは他の人類とは違って、大きなコミュニティを形成して協力できる力を持っていました。著者はコミュニティを形成できる理由は物語の共有にあると考え、これを「虚構」と呼びました。
著者の考察が素晴らしいのは、科学も宗教も文明も、すべてを「虚構」という枠組みに乗せて説明したことです。宗教と科学は正反対のような印象がありますが、著者いわく「どちらも虚構」なのだそうです。要は「何を信じるか」の違いでしかありません。
当社はIT企業なので日常的に科学は重要ですが、会社が大きくなるに連れて社員をまとめるためには物語やパーパス、ビジョンが必要になります。これって宗教的な考え方ですよね。科学と宗教は相反するものではなく、信じる対象が違うだけで実は同じ行為と言えそうです。
2つ目は、お金の考え方です。著者は「お金も、ホモ・サピエンスが物語を作るためのツールの一つだ」と指摘しています。お金は、みんなが欲しがるからこそ価値が生まれます。お金は使っているうちに物語が生み出される画期的なツールという考え方は私の中に無かったので衝撃的でした。
この考えは、当社のプロダクト開発にも応用できると思っています。例えば当社の「Gyazo(ギャゾー)」は、画面キャプチャや写真などのメディアを共有できるツールですが、これを使ってアップロードされたデータを受け取った人は、なかば強制的にGyazoに触れることになるので、その利便性を体験できます。このように、マーケティングをしなくても自動的に価値が伝播するプロダクトに応用できるのではないかと考えています。
先ほど例に出した科学や宗教は、繰り返しその大切さを伝えることで広がります。一方でお金は、一度使えばその価値に気付けます。科学の重要さを理解していない子どもでも、お小遣いを使って買物をした経験があればお金(=貨幣)の価値に気付けるのと一緒です。
ただし、著者は「科学も宗教も貨幣も、すべて虚構である」と説明しています。これを読んで私は、「この概念も虚構と考えられるかもしれない」「あれも虚構と同じ仕組みかもしれない」と考えられるようになりました。
3つ目は具体的なエピソードではありませんが、この本は文系学問と理系学問を統合している点が素晴らしいと思います。この本はおよそ250万年前、ホモ・サピエンスよりも前の人類(=アウストラロピテクス)が誕生したあたりから話が始まります。
通常は考古学や歴史学は文系で扱いますが、この本では文系的な歴史学を理系的に統合した、あるいはその逆と言えるほど学問の壁を越えて考察されています。文系出身・理系出身に関係なく誰でも読める本だと思います。
「虚構」はビジネスにも応用可能
--この本を読んで、ビジネスに生かせるポイントはありますか
洛西氏:本の中で繰り返し述べられている「虚構」は、良いことにも悪いことにも、いくらでも活用できてしまうと思います。分かりやすくビジネスに活用するとしたら、まずは会社のビジョン策定に使えます。社員を結び付ける物語によって、団結力を強められます。
もう一つは、先ほど例に挙げた「Gyazo」のように、使うだけで価値が増殖するようなサービスやプロダクト作りです。お金のような価値を生み出し、自然に広がるサービスとは何かを考えるきっかけになりました。
著者は、ホモ・サピエンスが物語を共有して協力できる能力があると述べており、貨幣はその代表例です。通常であれば見ず知らずの人に仕事を依頼するのは難しいですが、そこにお金を挟むことで価値交換がスムーズに進みます。ビジネスはまさにこの価値交換の基盤となっていて、本の中ではそのような例が複数示されます。事業開発やサービス開発に「虚構」による物語を応用できそうです。