日本で制作されたフルCG長編アニメーション映画『ホッタラケの島~遥と魔法の鏡~』(以下、『ホッタラケの島』)。同作品は、綾瀬はるか、戸田菜穂、大森南朋など、豪華な役者が声優を務め、話題となった作品だが、映像業界では邦画史上類を見ないほど、多くのCGプロダクションが参加し「協業体制」によって制作されたことでも注目を集めた作品だ。同作品のCG監督・長崎高士氏と、CG助監督・多家正樹氏に話を訊いた。
――まず、最初にCG監督とCG助監督が実際の制作現場でどのような役割を果しているのか、教えてください。
長崎高士(以下、長崎)「我々が所属しているポリゴン・ピクチュアズは特にそうなのですが、"形を作る人"、"動きをつける人"といったように、すべてのCG制作工程を分業しています。また、モデリングしている時期はアニメーターは一切制作に携わりませんし、逆にアニメーターが作業しているとき、モデラーは作業をしないなど、作業工程ごとにプロジェクトに携わる時期が異なります。そのため、クリエイター同士の情報共有や、監督の演出意図を全クリエイターに伝えることが困難なんです。そこで、CG監督である私がCG制作チームの代表として、監督の演出意図を現場に伝えるんです。要は、建築現場の職人さんたちをまとめる現場監督のような役割がCG監督の役割なんだと思います」
多家正樹(以下、多家)「当初、プロダクションI.Gさんからお話を頂いたときは、この作品の全1,400カットのうち700カットをうちの会社で請け負うという話でした。その後状況が変わり、長崎が映画全体のCG監督を務めることになりました。本来、CG監督である長崎が全カットをチェックするのですが、この作品のカット数から考えてそれは厳しいだろうということで、長崎の代わりに私がチェックすることになり、その結果、CG助監督になったという形ですね」
映画『ホッタラケの島~遥と魔法の鏡~』 |
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幼い頃に母親を亡くした女子高校生の遥。ひょんなことから、ホッタラケ島という不思議な世界に迷い込む。そこできつねのような島の住民・テオと出会い、幼い頃に大切にしていたお母さんの手鏡を探す旅に出るのだが…… |
――プロダクションI.Gとポリゴン・ピクチュアズ以外にも、本作品には多数のプロダクションがCG制作に携わっているわけですが、それらのプロダクションとの連携はどのようにおこなったのですか。
長崎「演出意図などの情報の伝達や、アウトプットのチェックは全面的に私が行いました。また、各プロダクションに規格化されたツールを集めたツールキットを送り、全プロダクション同じ規格で制作をしてもらいました」
多家「キャラクターをPC上で動かすには、そのツールキットに入っているプラグインが必要で、ほかのプロダクションの方にアニメーション化をお願いすることもあるので全プロダクションにそのキットを配るんです」
――この作品は構想から映画公開まで4年間もかかったと伺いましたが、実際のCG制作はいつ頃開始したのですか。
長崎「2008年7~8月頃です」
多家「実質、制作期間が約1年間しかなく、その中でデザインワークなどの作業も行わなければならなかったので、スケジュール的にはかなり厳しい状況でした」
長崎「CG制作を開始する時点で、キャラクターデザインはほぼ完成していましたが、絵コンテはまだ仕上がっていませんでした。また、美術設定も上がっておらず、『ホッタラケの島』の世界がどういう世界なのか、わからない感じでしたね。ただ『ホッタラケの島』の世界のデザインコンセプトは、"現実社会から盗んでいったもの"と決まっていました。そのほか、コップを向こうの世界に持っていったらコップとしての用途では使っては絶対にいけないなど、現実社会と同じ使い方を『ホッタラケの島』の世界では絶対にしないようにと監督に言われましたね」
――本作品に携わったポリゴン・ピクチュアズのクリエイターは何名ほどですか。
長崎「約150名のクリエイターが在籍しており、この作品には延べ90名くらいが参加しましたね。ただ作業する時期がずれていたので、同時に作業していた人数は最大でも約30~40名ほどです」
――この作品に携わった全プロダクションのクリエイターを合わせると延べ何名くらいになるのでしょうか?
長崎「約200名ですね」
――今回の作品に限ったことではないと思うのですが、ポリゴン・ピクチュアズで使っている主な制作ツールを教えてください。
長崎「メインソフトはAutodeskのCGソフト『Autodesk Maya』というツールです。あとは、Adobeの『Photoshop』をテクスチャを描くのに使ったり、コンポジットに『After Effects』を使ったりしています」
多家「うちはほとんど『Autodesk Maya』で作っちゃうんですよ」
――これほど大掛かりな作品の制作中でも、会社としては他にもいくつかのプロジェクトを同時に進行していると思うのですが。
多家「もちろんです。プロジェクトの規模に差はありますが、常に約10プロジェクトが同時進行している形ですね」
――これまでに、実写映画のVFX制作も行ってきたと思うのですが、実写映画と今回のようなフルCG作品では、何か制作する際に違いはありますか?
多家「そういう違いよりも、作品全体をチェックする"CG助監督"という立場で作品に携わるのが初めてだったので、CG制作以外にも、自分たちで判断して決めていかなければいけないものが色々あってかなり大変でしたね」
長崎「最近の映画のVFXは、CGが担っている部分がかなり大きいのですが、VFXカットは多くても200カット程度なので、あくまで映画制作のサポートをしている感覚なんですよね。この作品の前に、映画『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』(2008)の全CGパートを制作しましたが、それでも、やはり映画というものの一番深い部分には携われていない気がしましたね。その点、この作品はフルCGだからこそ、自分たちが"映画"を作っているという実感が湧きました」
――自分が携わっていない映画などを観て、"この作品のCGは斬新だ"と感じたものはありますか?
多家「基本的に作品を観るときにCGを意識して見てないんですよ。CGに目が行ってしまう作品ってストーリーが面白くないことが多い気がするんです。でも最近観た映画のなかで凄いと思ったのは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』(2009)ですね」
長崎「僕はやっぱりPIXAR作品が凄いと思いますね。『バグズ・ライフ』(1998)はとてもグローバルなデザインで、世界中の誰が観てもかわいいなと思う作品に仕上がっていました」
――今後、どのような作品を作っていきたいですか。
長崎「私は個人的に実写にはあまり惹かれていません。実写で撮影した画は、必ずしもベストなものとは限らないじゃないですか。私は、自分の頭のなかでイメージしたベストな画が作りたいので、これからもフル3DCGにこだわっていきたいと思っています」
CGクリエイターになりたいなら、まず専門スクールへ
今回お話を伺ったお二方は、ともにデジタルハリウッドの卒業生。(長崎氏:1999年本科クリエイティブ専攻卒業、多家氏:2000年専科クリエイティブ専攻卒業)。ふたりが同校を卒業してよかったと思うのはどんなときなのであろうか。
長崎「この業界の就職は人からの紹介が多いんです。なぜならデモリールを観ただけでは、その作品を本当にその人が作ったのか分からないからです。なので、人からの紹介が一番信用できる情報なんです」
多家「人を紹介するということは、紹介する側がその人の実力を保障しているということじゃないですか。その方が安心して一緒に仕事をできますね」
長崎「そういったときにデジタルハリウッドの卒業生は数が多いので、有利ですね。デジハリ派閥みたいのがあるくらいですからね(笑)」
多家「あと、この業界で仕事をするなら、もちろん映像が好きだということが大前提になるんですが、とっかかりが重要だと思います。そんなときに、デジタルハリウッドのような専門スクールに行くのはかなり有効な手段だと思いますよ。独学でCG制作のやり方を学ぶというのは、かなり現実的ではない気がします。まず、専門スクールや専門学校などに通って、ひとつのツールでもいいので、ちゃんと習得するべきだと思います」
なお、映画『ホッタラケの島~遥と魔法の鏡~』のDVD及びBlu-rayは、フジテレビジョンより、2010年2月26日に発売予定となっている。
撮影:石井健