最初に言っておくが、今回のITワードも全く聞いたことがない言葉だ。
このITワード企画、正直なところ文章を書くより、意味を調べるのに時間がかかっている。意味はググればすぐ出てくるが、理解するのに悠久の刻が必要になるのである。
人間、予備知識や興味がないものに対しては急激に理解力が下がるものだ。私もインターネットは大好きだが、ネットに落ちているセクシーな画像や、好きなゲームやアニメのキャラがセクシーすぎて18歳未満は見られない感じになっているイラストを見るのが好きなだけで、その仕組みとかにはあまり興味がない。PCの中に住んでいる小さいおっさんがセクシーを運んできていると説明されたとしても、単に「おっさん尊い…」と思うだけだ。
現に、今回のITワードを調べる時も、気がつけばセクシーを探しに行ってしまい、全然頭に入ってこない。もういっそ、誰かがITワードと全く同じ名前のセクシーテクニックをあみ出してくれないかと思う。そういう類のことなら興味津々であるし、ここで突然凄まじい指テクの話をはじめても、ググった結果それが出てきたのだから仕方ないのである。よって、我こそは性の伝道師だと言う方は、ぜひ「ユビキタス」「IoT」というようなスゴ技を作りだしてほしい。
オムニチャネル=”コンビネーションプレイ”
それで今回のテーマは「オムニチャネル」である。これを読んでいる方は、すでにこのワードがセクシーテクニックの一種にしか見えなくなっていると思うが、残念ながら違う(後日同名のテクが開発される可能性はある)。
前述通り初めて聞くし、意味も全く予想がつかないのだが、語感がどうにもIT用語らしくなく、やっぱりセクシーな意味の方が似合うんじゃないかと思う。 「わが社に必要なのはオムニチャネルである」と言うより「俺の彼女のオムニチャネルはマジやべえ」といった用法の方がしっくりくる感があるのではないか。
つまり、考えても絶対意味がわからないので早々にググった次第だ。
【オムニチャネル】実店舗やオンラインストアをはじめとした、あらゆる販売チャネルや流通チャネルを統合すること。また、そうした統合販売チャネルの構築により、どのような販売チャネルからも同じように商品を購入可能な環境を実現すること。
オムニというのは古代メソポタミアの性を司る神の名前かと思ったがそうではなく、「すべての」という意味だった。チャネルは「店舗」「ネットショップ」「カタログ」「ダイレクトメール」等、我々が商品を目にし、また買う場のことを指す。
つまり、ありとあらゆる手段、総力を挙げて、客の財布からクレカを出させろというのが「オムニチャネル」である。
そして「オムニチャネル」というのは、ただチャネル(顧客との接点)を増やすだけではなく、チャネル同士が連携しているのだ。具体的に言うと、店舗にない商品をその場でネット注文できたり、逆にネットで注文した商品を店舗で受け取ったりすることも出来る、通販のコンビニ受け取りなどもオムニチャネルの一種だ。 つまり「店舗から客が逃げた!ネットショップ班が捕まえろ、DMを送るのも忘れるなよ」とコンビネーションプレイでくるわけだ。兵の数が多いだけでなく、そいつらが諸葛亮孔明の考えたような陣形で攻めてくるというわけである。
また俺たちが金を失いやすいシステムができてしまった、とも思うが、便利は便利である。コンビニなどはすでに行っている商品宅配サービスをさらに進化させ、訪問の際に取扱商品が見られるタブレットを携帯し、その場でネット注文ができるというシステムの実現を進めているようだ。これなら、ネットショッピングに不慣れな高齢者でも気軽に利用できる。
ネット通販が当たり前になった昨今だが、それでも「この商品はネットが使えなければ買えない」という形態では、多くの顧客を逃すことになる。そう言った垣根をなくすのが「オムニチャネル」なのであろう。
「せっかち野郎」をとらえるテクニック
このように一見客を完全に包囲したようにも見えるオムニチャネルであるが、それでも今のままでは逃げていく客がいる。それは「せっかち野郎」である。
「せっかち野郎」とは、店員が「今この店舗にはないのでネットで取り寄せます」と言ったら「じゃあいい」と返してバイクで走り去っていく奴のことである。どこに走るかというと、今その商品を置いている店だ。もちろんそれは他の会社の店かもしれないので、顧客を逃したことに他ならない。
そういう奴は、「1時間待ってもらえれば、他店舗から持ってきます」と言われても待たない場合がある。待つよりは3時間かけて移動し、今置いてある店にバイクを走らせる。結果的に待った方が早いじゃないか、と思われるかもしれないが、そういう奴はじっと待つということがとにかくできず、それを手に入れるために動いていたいのだ。
要するに、たとえ1秒でも「待つ」ことができない客に対して、今のオムニチャネルでは不完全なのである。しかし、そういう客に対応しようとしたら、すべての商品を置いておける膨大な倉庫を持つか、他店舗から一瞬で商品を取り寄せられる四次元ポケット的システムが必要になってしまう。
ではこの手の客はもう逃しても仕方がないかと言うと、そんなこともない。せっかち野郎は「今それはないけど、これならある」と似たような物を出すと、意外と「じゃあそれでいい」と買っていく習性があるので、四次元ポケットが登場するまでの間、せっかち対応策として使ってもらえればと思う。
言うまでもないが私自身がそのせっかち野郎であり、「じゃあそれでいい」と買った商品は大体後になって「いやこれじゃダメだ」と気づくため、買い直す場合がとても多い。つまり企業にとってはいい客なので、面倒くさがらずに対応してほしい。
<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「やわらかい。課長起田総司」(2015年)、「ねこもくわない」(2016年)。コラム集「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年~)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。本連載を文庫化した「もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃」は、講談社文庫より2016年7月16日に発売。発売に際して、装丁のメイキング記事を掲載している。
「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2016年7月26日(火)掲載予定です。