次世代のクルマ用1Gbpsイーサネット規格が2012年3月に認証されたが、「これほど素早いコンソーシアムの動きを見たことがない」とコンソーシアムの中心メンバーの1社であるBroadcom PHY/Automotive Product MarketingのシニアディレクタAli Abaye氏は語る。クルマ用の100Mbpsイーサネット規格である「BroadR-Reach」規格を使ったイーサネットの応用が始まったばかりだが、その普及は早そうだ。

なぜクルマに100Mbpsイーサネットか。100Mbpsと高速のデータレートが必要なビデオ映像に次世代のクルマには欠かせなくなることが背景にある。それも多数のカメラが搭載されるようになる。クルマの安全性を高めるために使う。例えば米国では2014年までに、法律(Kids Transportation Safety Act)によってすべての新車にバックモニターの装着が義務付けられる。これはクルマの後ろに遊んでいる幼児をつい轢いてしまう痛ましい事故を防ぐことが目的だ。このような法律は、いずれ日本や欧州でも同様にマストになるだろう。クルマのドライバ席から見えない死角を完全に取り除けば事故は少なくなる。そのための複数のCMOSセンサカメラとリアルタイムで映像を処理表示するネットワークシステムが次世代のクルマには欠かせなくなる。

複数のビデオカメラからの映像をフロントディスプレイで見せようとすると、カメラ信号を映像処理したデジタル信号を高速に流す必要がある。カメラのビデオ映像はバックモニターだけではない。縦列駐車を容易にするバードビューカメラや衝突保護用のサイドビューカメラも必要になる。バードビューモニターはクルマの真上の1点の視線からクルマを見ているようにカメラ映像を合成して作り出す。サイドビューカメラはクルマの横方向からの飛び出しやぶつかりそうに寄ってくるクルマを映像で映し検出するもの。いずれの場合も高速伝送が必要となる。

そうなると現在のFlexRayの10Mbpsでは遅い。もっと高速データを伝送するインタフェースが欲しい。100Mbpsのイーサネットへはこのような要求から生まれた。クルマの100Mbpsイーサネットは安全性をより高めることが根本にある。クルマの安全性は今やADAS(Advanced Driver Assistance System)という言葉で語られるほど、世界中が注目するテーマとなった。この言葉は、従来のエアバッグなどの事故対応システムとは違って、未然に事故を防ぐという意味で使われている。

従来のイーサネットは、いわゆるLANケーブルで構成されているが、このケーブルを車内に引きまわそうとすると、シールドしているために重い。そこでクルマ用のイーサネットは2本線をより対線(ツィステッドペア)にして使う(図1)。ツイステッドペアはスイッチング信号から発生する恐れのあるノイズを打ち消し合う。信号線の本数が減り、重量も減る。この2本のツィステッドペアに100Mbpsの信号を載せてクルマ内を通す。これによってケーブルの重量は30%減少し、コストは80%削減されることになるという。

図1 クルマ用のイーサネットにはツイステッドペア線を使う

現在、イーサネットをクルマに応用する例として、クルマ内のECU(電子制御システム)の状態を診断するためにサービスセンターやメーカーの工場などで使われているが、今後はカメラ映像とインフォテイメント応用が増えていくと言われている。

また、クルマ用のイーサネットはネットワークトポロジーが従来のリング構成を基本とするのではなく、ツリー状の階層構成のアーキテクチャになる。各カメラと付随するECUからの信号を中央で受け取り処理することが必要となるためだ(図2)。

図2 中央にイーサネット制御ICを置くネットワークトポロジーになる

Broadcomは、クルマ用イーサネット規格を低コストで作れるように普及させるため、OPEN(One Pair Ether-Net)Allianceというコラボレーション組織をNXP SemiconductorやFreescale Semiconductor、Bosch、Continental、BMW、Jager、ルネサスエレクトロニクス、ヒュンダイ、Harman、Learの11社(プロモータと呼ばれる)で設立した。さらにこのイーサネット規格の採用を決めている会員企業(アダプターと呼ばれている)も25社が参加している。

このOPEN Allianceでは、相互運用性(インターオペラビリティ)に対応すると共に、そのための個別テストも行う。これによってどのクルマでも、イーサネット規格を組み込んだどのECUでも使えることを実証する。また、高速の物理層の要求事項に対して、標準化団体で意見交換も行う。これまでの閉鎖的なシステム構成ではなく、オープンで拡張性のあるイーサネット規格にする。既存のイーサネットIPとも相補的な関係を保つ。さらに広いバンド幅や、よりフレキシブルなネットワーク構成、さらなる低コスト化を進める必要性についても知識を深めていく。

BroadcomやNXP、Freescale、ルネサスなどの半導体メーカーはライバル同士ではあるが、このOPEN Allianceを通じて今は普及させる段階であり、まだ競争すべきレベルではない、とBroadcomのAli Abaye氏は述べる。とはいえ、このクルマ用のイーサネットはBroadcomが提案するBroadR-Reachをベースにしていることから、イーサネット用の半導体チップはBroadcomが最も早く製品化している。カメラ用の「BCM89810」や7ポートのスイッチ半導体「BCM89500」などの製品がある。

Broadcomはカメラの信号処理チップ「BCM89810」をカメラごとに搭載し、このチップに集積している100Mbpsクルマ用イーサネット回路からより対線のケーブルを使い、ECU内の「BCM89500」に接続する、という提案をしている(図3)。

図3 すでに製品もあるBroadcom

BCM89500は、最大7個のカメラからの信号と処理するホストインタフェースチップである。信号処理したデータを再び、より対線で運転台にあるディスプレイパネルへ送る。カメラ内の信号処理回路「BCM89810」は、対象物を検出したり、サラウンドビューモニター方式の駐車アシストの機能を内蔵する。対象物として白線を見て大きく外れる場合に警告を発する。また、対象物として遠方にある場合も含まれ、その場合にはハイビームの消し忘れを防止する。

図4 Broadcomのクルマ用チップ

図3にあるようなチップを使えば、カメラによる安全アシスト機能を低コストで作ることができる。周辺の回路を集積しておりBOMコストが下がると共に、標準化された規格のケーブルも使えるためだ。

NXPは、Broadcomとライセンス契約を結び、100MbpsイーサネットICを開発中だ。NXPの強みはABCD(Advanced Bipolar CMOS DMOS)プロセスを持っていることと、最近特に力を入れているクルマ用の半導体の実績が伸びていること、などを挙げている。ABCDプロセスとは、いわゆる高耐圧(DMOS)トランジスタを集積したBiCMOS技術である。同社は自動車用ECUの電源システムを従来の12Vから48V系への移行準備を完了しており、強みである高耐圧プロセスに自信を持っている。