クルマのコンピュータ化が叫ばれ、これからのクルマ作りはSD-V(Software-Defined Vehicle)になると言われている。ここにきて、ソフト開発が楽になるツールが登場した。開発したのは、米カリフォルニアのシリコンバレーに本社を構えたスタートアップのApex.AI社だ(図1)。4月になり日本法人Apex.AI Japanを設立したことを発表した。

  • Apex.AI社共同創業者兼CEOのJan Becker氏

    図1 Apex.AI社共同創業者兼CEOのJan Becker氏(中央)と仲間たち。左はApex.AI Japanの暫定カントリーマネージャーのTavis Szeto氏、右は同社セールス&事業開発シニアマネージャーの三輪多郎氏

これまでクルマ産業では、自動運転などのCASEあるいはACES(Autonomous、Connected、Electric、Sharing)トレンドに向けOS(Operating System)からミドルウエア、アプリケーションというきれいな階層構成がまだ出来ていない。このため1社ですべてのソフトウエアを作り込むには限界がある。加えて、かつてのAUTOSARやJASPARなどは、エンジンやボディ、車両系などの制御を中心としたツールだったため、近来のADASや自動運転などSD-Vには適さない。

かつてのツールが陳腐化するのは、ゆっくりした自動車産業にもIT系のインフォテインメントといった開発スピードの速い機能が求められるようになってきたからだ。しかもクルマのハードウエアとしても機械からシリコンへと進んでおり、中でもかつてのECUからSD-Vのプラットフォームとなるべきコンピュータ(ドメインコントローラ)へと移行しつつある。しかし、ソフトウエアをどう作りこむか、ここに頭を悩ませてきた。

Apex.AIは、簡単に早くソフトウエアを開発するツールSDK(ソフトウエア開発キット)のメーカーである。OEMやティア1サプライヤーは、ミドルウエアに手を染めることなくアプリケーションの開発だけに集中できるようになる。この動きは、かつてスマートフォンのソフトウエア開発で困っていた時に素早く登場したAndroidとよく似ている。AndroidのカーネルとなるOSはLinuxだが、スマートフォンのミドルウエアを含めてAndroidとした。

一口に自動車用のソフトウエアと言っても、ハードウエアと同様、安全認証が求められる。Apex.AI社が開発したSDKは、ロボット用OSであるROS2をベースにしたミドルウエアにISO26262 ASIL Dという安全認証を得たツールである。ROSはもともと大学などアカデミック分野でPoC(Proof of Concept)など実証するために用いられてきたが、ROSをベースにアプリケーションソフトを作る場合には試作・検証し製品化するための開発に時間がかかっていた(図2)。

  • ROSの最初のバージョンでは開発に時間がかかっていた

    図2 ROSの最初のバージョンでは開発に時間がかかっていた (出典:Apex.AI)

産業用には量産品として安定的に性能・機能を提供するためにはROS2が必要とされていた。Apex.AIが開発したROS2ベースの「Apex.Grace」は、開発期間を3~8倍以上短縮する。このSDKは開発効率を高めるために使うミドルウエアであり、各種ライブラリやツール、各種トレーニング用ドキュメントを揃えている(図3)。ROS2ベースの試作から製品開発までの移植も容易だという。

  • Apex.Graceはライブラリやツールなどを含むミドルウエア

    図3 Apex.Graceはライブラリやツールなどを含むミドルウエア (出典:Apex.AI)

Apex.AIが持つミドルウエアはこれだけではない。高性能なデータを安全でセキュアに転送するためのツールである「Apex.Ida」も提供する(図4)。このミドルウエアは車内外の通信インタフェースをほとんどカバーしている。車内ではLINやCANなどの低速インタフェースからFlexRay、さらにEthernetなどADAS(先進ドライバー支援システム)やインフォテインメント系の高速インタフェースへと広がってきており、すべてに対応しなくてはならなくなっている。

  • Apex.Idaは1つのインタフェースで最適な通信プロトコルを自動的に選択する

    図4 Apex.Idaは1つのインタフェースで最適な通信プロトコルを自動的に選択する (出典:Apex.AI)

車内のECU間の通信では、通信ミドルウエアSOME/IPやDDSなどが登場しているが、Apex.Idaは多数のインタフェースであっても1つのインタフェースで対応できるようにしており、いろいろなプロトコルを自動的に選択し、適切な時刻に適切なデータを転送する。開発者はプロトコルを決める必要がない。V2VやV2X、V2Cloudなど外部との通信ではプロトコル「MQTT」で対応する。

Apex.Idaには通信で扱う大規模のデータを扱うような機能を統合しており、レイテンシの少ないデータ転送ができるという(図5)。レイテンシ(遅延)が小さく、ゼロコピー通信で高速転送できるユニファイドAPIを統合しており、既存の通信プロトコルと橋渡しをすることで適用範囲が広い。

  • Apex.Idaはすべての通信インタフェースを搭載、大量のデータを転送できる

    図5 Apex.Idaはすべての通信インタフェースを搭載、大量のデータを転送できる (出典:Apex.AI)

Apex.AI社は、ミドルウエアApex.Graceと通信用Apex.AIをバンドルして提供することもできる。3月にはInfineonの上位マイコン「Aurix TC3x」にApex.AIのSDKを組み込むことで、OEMのソフトウエア開発を加速することができることを発表している(参考資料1)。

自動車産業が強い日本のOEMやティア1およびティア2サプライヤとも話し合いを進めてきており、自動車だけではなく、農機具や建設機械、鉱業機械などのメーカーにも広げていきたいとJan Becker氏は述べている。今後、自動車だけではなく、これらの特殊移動機械もSD-Vを採用することになると期待しており、人口が減少している日本の労働の手助けになるとBecker氏は日本市場に期待している。だから今回、日本法人を設立した。Apex.AI Japanの暫定カントリーマネージャーはTavis Szeto氏で、日本市場でのビジネスを本格的に展開する。

参考資料

1.“Infineon and Apex.AI are integrating AURIX™ TC3x microcontroller and Apex.Grace to expedite software-defined vehicle development”, Apex.AI Press release、March 16, 2023