まるで電気自動車(EV)のベンツのようだ。EVのラグジュアリカーといえる「Lucid Air」(図1)を米Lucid Motors社が発表した。同社CEOであると同時にCTOでもあるPeter Rawlinson氏は元Tesla Motorsの技術部門のヴァイスプレジデントであり、TeslaのモデルSシリーズのチーフエンジニアであった。Lucidは満を持して独自設計の高級なEVを2021年に販売する。Teslaと同様、シリコンバレーに拠点を置く。
これまで、Tesla MotorsはEVを大衆レベルにも持ってこようとして製品ポートフォリオを広げてきた。当初は高級車であったが、大衆化を進めてきた。一方、Lucidは大衆化ではなく高級化を目指した。このため、単なるバッテリ性能やモーター性能だけではなく、高級感も同時に満足させることを狙った。
Lucid Airのテクノロジーはかなりユニークだ。高級仕様にするため車内のスペースを広くすることを心掛け(図2)、電気系パワートレインパッケージングとモーターをできる限り小さくした。
バッテリパックを構成する、このEV駆動プラットフォームはこれまでのTeslaや最近のEVと違い、独自に開発したものだという。床全面にセルを敷き詰める方式に変わりはないが、電池容量を113kWhとこれまでよりも最も大きく増やした。このためにダブルスタック構造を取った。ただしその詳細は明らかではない。この結果、充電1回で517マイル(約820km)走行する。
走行距離と急速充電のカギは900V+システム
このバッテリ容量と走行距離の長さはかつてないほどだ。日産自動車のリーフは最初のモデルはバッテリ容量が33kWhしかなく、走行距離は240kmしかなかった。最近のリーフでさえ62kWhで458kmと長くはなったが、充電時間は急速モードでさえ60分かかる。Lucid Airはほぼ2倍の容量で2倍近い距離を走るだけではなく、急速充電モードではわずか20分で充電できる。駆動プラットフォームの設計から見直し、バッテリ1kWh当たりの走行距離で表すバッテリの効率は、4.6マイル(約7.4km)、とこれまでの米国車の最高の4.0マイルと比べ15%も効率が上がった。
バッテリ容量を2倍に増やせば、従来の急速充電器ではやはり2倍の充電時間がかかるはず。そこで、クルマの充電を担うオンボードチャージャー回路では900V強に昇圧することで、急速充電を可能にした。この900V+アーキテクチャとLucid社のWunderbox(魔法の箱)と呼ぶオンボードチャージャー装置が電気系の心臓となる。また、国内の充電ネットワーク企業のElectify America社と協力して急速充電ネットワークを使えば、20分の充電で最大300マイル(480km)、1分の充電で20マイル(32km)も走るという。
駆動系の小型・軽量の決め手はSiCパワー半導体
従来のEVカーではバッテリをほぼ300~350Vに昇圧するが、このWunderboxによって、900V+まで昇圧するため電流×電圧=電力であるから、パワー性能は高くなる。電流を大きくとると配線は太くなるため重量が増すため、電圧を上げる方が電力を増やせる。ただし、絶縁を十分に取る必要がある。
加えて、高効率の永久磁石モーターも独自に開発、モーターとインバータ、トランスミッションを統合して900V+電動ドライブ装置の重量は74kgしかないという。1個のドライブ装置は650馬力で、Lucid Airには1~3個まで選ぶことができる。他社のドライブ装置と比べ、最大45%軽量で最大59%性能が上がったとしている。
高級車としてのインテリア空間を広くするため、電動ドライブ装置の体積を小型で重量も軽量化した、その決め手はSiCパワーMOSFETの採用にあった。SiCパワーMOSFETはこれまでもTeslaモデル3に搭載されていたが、その後のTeslaのクルマではSiCの話しは途絶えていた。従来のインバータではSiCではなくSiのIGBTパワートランジスタが多数使われているが、高速にスイッチングできないため、電荷を貯める大きなコイルと大きなコンデンサ(キャパシタ)が必要で、大きな体積を占めていた。
今後も900V+アーキテクチャをベースに
Lucidは、900V+アーキテクチャやバッテリシステムのプラットフォームなど基本構造は、今後のクルマ作りの基本プラットフォームとしていく。
今回発表したLucid Airの発売は、2021年の春以降になる予定だ。最高級のAir Dream Editionが最初に販売され、その価格は16万9000ドル。順次、13万9000ドルのAir Grand Touringを21年春、9万5000ドルのAir Touringを21年後半、そして8万ドルのAirを22年に販売していく計画だ。