今回も前回に引き続き、最近になって拾ってきた「現場現物」の話を取り上げてみたい。自分が先に記事で取り上げた機体、あるいはデバイスの現物を目の当たりにすると、月並みだが「おお、これかあ」と反応してしまう。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

  • デモ飛行中のC-17A。低速で飛んでみせるのと、最後に着陸してから逆噴射でバックしてみせるのがお約束 撮影:井上孝司

C-17Aのマイクロベーン付き

まず、本連載の第470回で取り上げた「マイクロベーン」。米空軍がC-17AグローブマスターIII輸送機の後部胴体左右に取り付けた小さな空力付加物で、3Dプリンタで製作する。左右にそれぞれ6枚ずつを取り付ける。

テキサス州のダイエス空軍基地で行われたエアショー“Wings Over West Texas”に、隣のオクラホマ州にあるアルタス空軍基地からC-17Aが飛来して、デモ飛行を実施した。

その機体が飛んでいるのを見ていたときには迂闊にも気付かなかったが、後で写真を見てみたところ、後部胴体の左右にマイクロベーンが付いていたのに気付いて大喜びとなった。

第470回でも書いたように、まだマイクロベーンは導入したばかり。一部の機体が試改修を実施して効果を確認している段階だから、これを備えている機体は希少価値がある。いずれは全機に導入することになるのだろうけれど。

マイクロベーンそのものの話を始めると重複になってしまうので、それは第470回を参照いただきたい。ともあれ、自分が記事にしたデバイスの現物を目の当たりにしたことには、ちょっとした感慨のようなものがあった。

  • デモ飛行のために離陸するC-17A 撮影:井上孝司

  • その機体の後部胴体をクローズアップ。6枚のマイクロベーンが付いている様子が分かる 撮影:井上孝司

ちなみにC-17Aの展示飛行では、「ゆっくり飛んでみせる」と「着陸後にエンジンを逆噴射させてバックする」がお約束になっている。機体が持つ能力を納税者に見せてアピールすることこそ、展示飛行の主目的といえるだろう。

空気抵抗がナンボのもんじゃい

アメリカのエアショーにおける楽しみは現役の軍用機だけでなく、民間パフォーマーの豊富さ。そしてウォーバードの存在にある。博物館の展示品ではなく、ちゃんと飛行可能な状態で維持されている機体がいろいろある。

前回に取り上げたB-29“DOC”も、そのひとつ。さすがにこれぐらいの規模の機体になると、維持するには費用と人手とノウハウが要るので、飛行可能な機体は2機に限られる。四発機というと、以前にネリス空軍基地でPB4Y-2プライバティアが飛んでいるのを見たこともあったが。

しかし、もっと小型の双発爆撃機なら事情は違う。今回の“Wings Over West Texas”ではB-25ミッチェルが飛んでいたが、B-25なら別の機体が飛んでいるのを見たこともある。地上展示だったが、ダグラスA-26インベーダーも初見だった。

  • 地上展示ながら、初めて実機を見られて大喜びしたA-26インベーダー 撮影:井上孝司

貴重なグラマンF6Fヘルキャットに遭遇

そして戦闘機。今回、初めて飛んでいるところを見たのがグラマンF6Fヘルキャット。ヴォートF4Uコルセア、カーチスP-40ウォーホーク、ノースアメリカンP-51ムスタングといったあたりは以前に見たことがあったが。実はヘルキャットは残っている機体が多くない。貴重である。

そのヘルキャットで、ぜひとも押さえておかなければと思っていたカットがこれ。

  • F6Fヘルキャットの胴体を後方から 撮影:井上孝司

普通、飛行機の機体の表面は、空気抵抗を減らすために、できるだけ平滑にするものである。1ノットでも速く飛びたい戦闘機ならなおのことだ。ところがF6Fときたら、外板の継ぎ目はもろに段差が見えるし、表面にはリベットが点々と並んでいる。

リベットが外部に突出しないように沈頭鋲を用意した零戦とは、えらい違いである。でも、F6Fの最高速度は零戦よりも速い。プラット&ホイットニーが生み出した傑作、R-2800ダブルワスプの馬力で押し切ってしまった、といったら乱暴か。

メーカーのグラマン社は「グラマン鉄工所」との異名があるぐらいで、生産しやすく堅牢な機体にまとめられている。表面平滑化のためにかかる工数を節約できれば、たぶん、生産性が向上する。また、パイロットを保護するために防弾鋼板やセルフシーリング式の燃料タンクも備えている。その分の重量が増えても、エンジンの馬力でなんとかできる。

その燃料タンクは胴体内と主翼内に分けて設置しているが、胴体内のタンクはコックピットの床下に設置されている。よってコックピットの位置が高くなり、上の写真でもお分かりのように胴体が太くなるが、前方視界は良い。これは空母で発着することを考えると重要な要素。

結局のところ、十分な馬力があって信頼性が高いエンジンこそが正義である。エンジンの馬力が不足していると、それを補うために機体側でいろいろ工夫しなければならず、それが生残性や生産性に影響しかねない。F6Fを見ると、改めてそういう認識を持つ。

対称的なのがムスタング

といっても、すべてのアメリカ機が「頑丈一点張りで空気抵抗は後回しの凸凹仕上げ」かというと、そうではない。ことにP-51ムスタングは、アメリカ機らしからぬスマートさがある。そしてムスタングは、高速かつ航続距離が長いことで知られる。

その一因は層流翼を採用したことだとされる。うまく当たれば性能向上に効くと考えられた層流翼だが、主翼の断面形状や表面仕上げがキチンと仕様通りにできていないと、能書き通りの性能を発揮できない。

実際、せっかく層流翼に類似した翼型を採用したのに、主翼の仕上げが悪くて表面が凸凹、なんていう機体もあった。一方、ムスタングは主翼の表面仕上げに、ひとかたならぬ手間をかけている。それでも、分割構造の採用や部材の共通化など、生産性に対する配慮も忘れてはいない。

  • “Wings Over West Texas”で飛行展示を実施したP-51Cムスタング。D型は何回か見ているが、C型は初めて見た 撮影:井上孝司

P-51はF6Fほど露骨ではないものの、胴体ではリベットが点々と並んでいる部分もある。平滑化が必要なところはちゃんと手間をかけるが、優先順次第ではリベットの頭が並んでいても良いということか。

また、ムスタングは液冷エンジンに不可欠のラジエーターを後部胴体の下面に設置して、冷却によって熱くなった空気を後方に吐き出す配置としている。ここの空力処理の巧妙さが、最高速度のアップにつながったという。ただし、この配置のせいでラジエーターに被弾しやすくなったという見方もある。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。