10月16~19日にかけて東京ビッグサイトで「国際航空宇宙展2024」(JA2024)が開催された。そこで、「時事ネタ」からはしばらく脱線して、JA2024に関連して拾った話題を取り上げてみたい。ただし初回は、JA2024に出展していないロールス・ロイスである(そのため「1」ではなく「0」とした)。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
主な柱は四分野
同社の事業を大きく分けると、「民航機エンジン部門」「防衛関連部門」「MTUのディーゼル・エンジンを中核とするパワー・システムズ部門」「小型モジュラー原子炉(SMR)部門」となる。
この中で、最も身近な分野といえばやはり、民航機のエンジンであろう。筆者自身も、同社のトレントXWBエンジンを搭載するエアバスA350には何回も乗っており、国内線のみならず、ニューヨークやヘルシンキまで飛んでいる。
舶用ガスタービン機関のMT30と、パワー・システムズ部門のMTU製ディーゼル・エンジンは、海上自衛隊の「もがみ」型護衛艦で採用されている。その他の海上自衛隊の護衛艦でも、スペイSM1Cなど、ロールス・ロイスのガスタービンを搭載する艦は数多い。3年前に横須賀に来航した英空母「クイーン・エリザベス」も、MT30を搭載している。
そのロールス・ロイスで、科学技術研究部門のディレクターを務めているAlan Newby氏と、ロールス・ロイス・ジャパンの代表取締役社長を務めている神永晋氏に、お話を伺う機会をいただいた。
NET ZERO達成は多方面作戦で(燃費の低減)
さて。ロールス・ロイスは前述したように「動力源」を手掛けているメーカーだから、「温室効果ガス排出の削減」を求める動きに真っ向から直面する立場にある。経済性の観点から、特に旅客機向けのエンジンでは低燃費の追求が続けられているが、さらに近年では、違うアプローチも必要になった。
まず、低燃費の追求に対しては、アーキテクチャを一新した新エンジン「UltraFan」の開発がある。
UltraFanでは、減速ギアを介してファンを回す仕組みを取り入れた。動力源となるタービンは高速で回す方がいいが、ファンの最適回転数はもっと低い。そこで減速ギアを間に入れて、ファンをゆっくり回す。すると、タービンとファンの双方で最善の効率を追求できる。
そのファンの羽根(ファン・ブレード)は、素材を複合材料として、軽量化を図る。羽根が軽くなれば、ファンを回すために必要な動力を少なくできるので、効率の向上につながる。
ただ、ファン・ブレードは最前面にあるので、鳥が突っ込んできてブレードに衝突する可能性がある。その鳥の衝突、あるいはブレードの破断といった事態を想定した検証試験も実施しており、問題なく使えることを確認している。
燃焼の分野では、燃焼室で使用する部品の材料にCMC(Ceramic Matrix Composites)を取り入れて、耐熱性能を向上させる。するとタービン入口温度の引き上げが可能になり、これも効率の向上につながる。もちろん、タービンのブレードも耐熱性を高める必要がある。
なお、UltraFanとは特定の機種を指すものではないそうだ。ワイドボディ機に使う大推力のエンジンから、単通路機に使う比較的低推力のエンジンまで実現できるような、スケーラビリティを持たせるとの説明だった。
ともあれ、低燃費のエンジンができれば、それだけ燃料消費が減るので、温室効果ガスの排出も減ることになる。
NET ZERO達成は多方面作戦で(運用の工夫や燃料の変更)
また、運用の工夫によって温室効果ガスの排出を図ることもできる。例えば、着陸の順番待ちで周回飛行を繰り返せば、その分だけ燃料を余分に必要とする。
目的地まで、できるだけ短い距離で飛んで、待ちが発生しないように飛ばすことができれば、結果として燃料消費が減る。それによって最初に搭載する燃料を少なくできれば、それもまた、燃料消費を減らすことになる。
温室効果ガスの排出削減というと話題になりやすいのは「電動化」だが、蓄電池のエネルギー密度を考えると、電動化できるのは小型・短距離向けの機体ではないか、とNewby氏は語っていた。まったく同感である。
もう一つ、温室効果ガスの排出削減というと話題になりやすいのはSAF(Sustainable Aviation Fuel)だが、これだけで問題がすべて解決するわけではない。そもそも安全性の観点から、航空燃料に求められる品質のレベルは高いのだ。
バイオベースのSAFでは素材からして種々雑多だが、そこから高水準・一定品質のSAFを生み出すのは、そんな簡単な仕事ではないだろう。しかも、それをリーズナブルなコストで実現しなければならない。
だから、SAFは「ひと振りすれば問題が雲散霧消する魔法の杖」ではない。困ったことに、詳しくない人ほどそういう夢みたいな話に飛びつきやすい傾向があるのだが、現実はそんなに甘くない。
先に挙げた燃費削減や電動化などの話も含めて、分野ごとに温室効果ガスの排出削減を積み上げることで、結果としていわゆるNET ZEROの達成につなげる。そういう多面的なアプローチが必要なのである。
小型原子炉と水素
SAFは「既存のケロシン・ベースのジェット燃料をそのまま置き換えられること」が前提であり、ロールス・ロイスではすでに、自社製エンジンにおいてSAFが問題なく使えるかどうかの確認を済ませている。
それとは別のアプローチで、水素を燃料とする構想もある。ただ、燃料の種類が一変すれば、それを搭載する機体の設計も、燃料を燃やすエンジンも、みんな影響を受ける。こちらはSAFと違って「一対一で単純置き換え」とはいかない。第一、エネルギー密度がまるで違う。
それに、水素燃料を安定供給できるかどうかという問題もある。そこで、ロールス・ロイスの強みとして、原子炉を手掛けている点が挙げられる。原子炉は水素の製造にも利用できるので、「SMRを利用した水素の製造」「その水素を使用するエンジン」の両方を組み合わせたエコシステムを形成できる立場にあるのだ。
実は、原子炉とジェット・エンジンの双方を手掛けているメーカーは多くない。貴重な立場である。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。