個々の機体・機器の状況に合わせて最適な整備や部品交換を実施する、いわゆるCBM(Condition Based Maintenance)の実現に際して、状態監視は不可欠の技術となる。運用状況や機器の動作状況を正確に把握できていなければ、「状況に合わせた整備」も何もあったものではない。
そして、その状態監視のデータは機器の寿命延伸にも役立つことがある。というのが今回のお題。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
負荷計測と寿命管理
戦闘機のように荷重負荷が大きい機体では、機体構造材にセンサーを取り付けておいて、実際にかかった荷重負荷を計測することがある。それを記録してデータを集積していけば、「○○飛行時間が経過したから、これぐらいの負荷になっているだろう」ではなく、「実際にかかった負荷の累計はこれだけである」というエビデンスができる。
すると、一律に寿命を定める代わりに、個々の機体の負荷状況に応じた寿命管理ができる理屈となる。「この機体は、飛行時間は長めだが累積荷重負荷が少ないので、まだ使える」といった判断ができる可能性につながるからだ。
それにより、貴重な機体をギリギリまで食い延ばせることになる。もちろん、その過程で整備・点検・部品交換を適切に行うことが前提だが。
シコルスキーS-92のギアボックス
といったところで、ロッキード・マーティンが2024年9月17日に出したリリースの話になる。傘下のシコルスキーが手掛けているS-92というヘリコプターがお題だ。
ただし、今回の主役はシコルスキーの「LifePlus」テクノロジーと、S-92のメイン・ギアボックス・ハウジングの方だ。
最近の機体によくある話で、S-92もHUMS(Health and Usage Monitoring System)を備えて、運用状況(Usage)や機体・機器の状態(Health)の監視を行っている。そのデータはもちろん、CBMを実現する際に役立つのだが、それだけではない。
「設計上はこれぐらいで寿命が来て交換を必要とするはずだが、実際の運用状況データを見ると、もっと長く使える」という話が出てくることもある。
もちろん、設計の段階ではあれこれ計算をして「求められる寿命がこれだけだから、それに対応するためにはこれだけの強度を持たせておこう。さらに安全率は何倍で」みたいな仕事をしている。その結果として、実際の運用状況では設計段階の想定よりも余裕ができる場面が起こり得るということだろう。
ただし、「余裕ができるだろう」だけではエビデンスがない。エビデンスをそろえた上で、それを当局に提出して「こういうデータがあるので、もっと延伸できます」と説明できなければならない。
S-92のメイン・ギアボックス・ハウジングでは、設計段階で「4,300時間の使用が可能」としていたが、HUMSが集めた状態監視データから、さらなる延伸が可能と判断された。そこで、データを米連邦航空局(FAA : Federal Aviation Administration)に提出して、寿命延伸に関する承認を取り付けた。と、そういう話になっている。
当初の数字よりも長く使えることになれば、運用側にとっては交換部品にかかる経費の節減につながるし、交換の間隔が延びればダウンタイムも少なくできると期待できる。
メイン・ローター・ハブでも寿命延伸を実現
S-92では他の部位でも同じ話があり、すでに2023年の末にメイン・ローター・ハブについて、寿命延伸を実現していた。9,000時間から15,000時間に、あるいは45,000サイクル(“ground-air-ground cycles”、つまり離陸して飛んで着陸すると1サイクル)までの延伸が可能という話であった。
これもやはり、「LifePlus」テクノロジーによって実現したと説明されている。
メイン・ローター・ハブにしろ、メイン・ギアボックス・ハウジングにしろ、それが壊れたら機体は飛行を継続できないクリティカルな部位。それの寿命延伸が実現すれば、前述したように運用側にとってはありがたい話となる。
しかし、だからといって明確なエビデンスもなしに延伸すれば、安全に関わる大問題。寿命延伸やCBMの実現に際しては、エビデンスを揃えるためにHUMSみたいな状態監視技術が極めて重要になる、という話の一例が、今回の一件だったといえる。
ところでS-92って?
話の順番があべこべだが、最後にS-92という機体について。これはシコルスキーが手掛けているヘリコプターの中では比較的大型の機体で、全長17.1m、ローター径17.17m、全備重量は約12t。エンジンは出力3,000馬力のGE製CT7-8Cが2基。
同じシコルスキー製のCH-53シリーズほど巨大ではないが、けっこう大型の機体で、人を乗せる場合には19名の搭乗が可能。石油・ガス産業界で人気の機体だが、米海兵隊ではVH-3Dに代わる次期大統領専用機として採用を決定、VH-92という名称で23機を揃えたばかりだ。
このほか、カナダでも哨戒ヘリコプターCH-148サイクロンという名称で導入している。イギリスのAW101マーリンHM.1とともに、世界でも最大クラスの哨戒ヘリコプターといえる。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。