伝統的に油圧や圧縮空気で作動させていたアクチュエータを、電動に置き換える動きが進んでいる。という話は第318回で紹介した。今回はこれを、整備の観点から眺めてみたい。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

漏れの原因探求は手がかかる

油圧ならエンジンで駆動する油圧ポンプ、抽気ならジェット・エンジンの圧縮機が発生源となるが、そこから実際に使用する現場、すなわちアクチュエータの設置場所まで、高圧の油圧、あるいは空気圧の配管を引っ張らなければならない。

油圧を例にとると、その圧力は3,000~4,000psi(psi=-ポンド/平方インチ)という高い数字になる。当然、配管そのものにも、配管同士あるいは配管と油圧機器を接続する部分にも、高い圧力がかかる。そこで漏れが発生したのでは仕事にならないから、漏れ対策を施してある。

しかし、パッキンが劣化したり、配管やコネクタが傷んだりすれば、漏れは起きてしまう。配管に外力が加わって変形・損傷したり、接続部分が外れたりする可能性もある。

作動油が漏れたらすぐに分かるように、作動油には色をつける。だから外から見れば、漏れの有無ははすぐ分かるようになっている。しかし問題はその先。アクセスパネルを引っぱがして内部を調べて、どこで漏れが生じているかを突き止めなければならない。

漏れが生じている現場が分かったら、次に漏れを止める必要がある。パッキンの交換で済めばまだマシだが、機器や配管を取り替えるとなれば時間も手間もかかる。その間、機体は飛べない状態のままだ。

これが空気だと、漏れても目に見えない。圧力をモニターして、圧力計の数字が勝手に下がりだしたら漏れが起きていると疑う……という話になろうか。その後はやはり、漏れが起きている現場を突き止める作業が発生する。相手が目に見えない分だけ面倒かもしれない。

電動化するとどうなるか?

では、アクチュエータを電動化するとどうなるか。例えばEHA(Electro-Hydrostatic Actuator:電気油圧式アクチュエータ)の場合。

EHAの場合、アクチュエータのところまで引っ張ってくるのは、制御指令を送るための電線と、動作に必要な電力を送るための電線。制御指令はサーボドライバに入り、そこからの指令を受けてサーボモータを駆動して双方向回転ポンプを回し、油圧を発生させる。そこから作動油を油圧シリンダに送り込んで、アクチュエータを作動させる。

最後には油圧を使うことになるわけだが、EHAのキモは油圧機構がアクチュエータの中で完結していること。つまり油圧ポンプからアクチュエータのところまで長い油圧配管を引っ張ってくる必要がない。存在しない油圧配管から作動油が漏れることはない。

アクチュエータ製品のメーカーとしておなじみのムーグ(Moog Inc.)の説明によると、EHAには他にもこんなメリットがあるそうだ。

  • 必要なタイミングで必要な出力を発生させるため、エネルギー効率が高い
  • 作動油の温度上昇を最小限に抑えることができる。すると作動油の劣化が抑えられる
  • また、作動油の冷却機構を必要最低限にできるため、機器がコンパクトになる

もちろん、電気配線の点検整備は必要になるが、油圧系統の点検整備よりは楽になる。もしも、EHAの内部で故障や不具合があれば、極端な話、EHAごと取り替える手もあるだろう。もしそうなった場合でも、高圧の油圧や空気の配管はないから、脱着作業は純油圧式より楽になると思われる。

EHAを使うと、エンジンの動力を推進以外の分野に回す度合が減るために燃費の低減を図れるとされる。また、配管や熱交換器を減らすことで機体の軽量化につながる。これらは機体の性能に関わる分野のメリットだが、整備性の観点から見てもメリットがあるわけだ。

自己診断や状態監視もやりやすい

実は電動化による意外なメリットとして、自己診断や状態監視が容易になる点があるそうだ。

油圧や空気圧のようにメカニカルに動いているものは、動作状況を把握しようとすると、動作状況を電気信号として得るために、機械的な動きを電気信号に置き換える仕掛けが必要になる。しかし電動化すれば、もともとエレキで動いているわけだから、作動状態の監視がやりやすくなりそうだ。

どこかで聞いたような話だと思ったら、鉄道車両の側引戸を開閉するドアエンジンにも同じような話がある。ドアエンジンはもともと、圧縮空気で作動するのが普通だったが、近年では電動化の事例が増えている。そして、ある会社の新形通勤電車で「状態監視を実現しようとしたときに、電動式にする方が情報をとりやすいので電動にしました」という話を聞いたことがある。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第2弾『F-35とステルス技術』が刊行された。