前々回、前回と2023年6月12日に成田空港に飛来したボーイングの技術実証機「エコデモンストレーター・エクスプローラーについてお伝えしたが、今回から、航空機のメンテナンスの話題に戻って。
第384回で、航空機の運用者が整備業務を外部の企業などに委託する際の契約形態をいくつか紹介した。そこでは出てきていなかったが、ことに軍用機の分野で近年、導入事例が増えているPBL(Performance-Based Logistics)についても取り上げてみたい。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
Logisticsとは
誰が最初にいいだしたのか、日本では「logistics}というと、「物流」のことだと思われている節がある。民間企業の事業活動なら、それでも意味が通るかもしれない。だが、本来の軍事用語としての logistics は、単にモノを運ぶだけの話ではない。「物流」よりも「戦務支援」という用語の方が実態に近い。
「戦務支援」だから、最前線の戦闘員が必要とするさまざまな物資を選定・調達・輸送することはもちろん。装備品を使いこなすための訓練、装備品の可動状態を維持するための整備・補修や能力向上改修、戦闘員の状態を維持するための衛生業務など、「戦うための支援活動すべて」が logistics という一語に集約される。
もっとも、航空機の整備という観点に対してこうした定義を適用すると、話が大きくなりすぎてしまう。ここでは、「航空機を適切な状態で飛ばすために必要となる活動すべて」と定義するのが適切だろう。
もちろん、整備・点検・補修が根幹となるわけだが、その際に必要となるスペアパーツや消耗品の取得・供給も対象に含まれる。作業の際に使用する工具類や検査機材、各種支援機材を用意することも必要だ。
そして軍事航空の分野では、その「軍用機を適切な状態で飛ばすために必要となる活動」すなわち「logistics」を、機体製造元のメーカーなどに外部委託する場面が増えている。そこで契約形態をどうするかが問題になる。
第384回ではエンジンを例に挙げて、複数の契約形態を紹介した。そこに出てきた、固定価格方式にしろ実費計上方式にしろ、一長一短がある。発注元としては経費を抑えたいが、受託する側にしてみれば赤字が出るのは困る。もちろん、機体の可動率が上がらないのは論外。こうした各方面の要求をバランスさせる手段の一つとしてPBLが注目され、導入事例が増えている。
PBLの基本的な考え方
PBLという頭文字略語には、“Performance-Based” の語が含まれている。このことでお分かりの通り、支払いがどうなるかは「結果次第」となるところがポイント。具体的にいうと、可動率を保証する形となる。
そして、契約を締結する時点で「機体を可動状態に維持すること」という目的を定めた上で、可動率○○パーセント、という目標値を設定する。実績値が目標値を上回ったら、当初の契約額に加えて報奨金(インセンティブ)を上積みする。
つまり、「○○型の航空機・××機を対象として、いついつからいついつまでの期間について、総額いくらで契約します。その際に、可動率△△%を保証します。それを超える成果が上がったときには、これこれの報奨金を上積みします」という形。受注する側は、その総額を「必要とされる作業や、その際に必要となる調達」に適切に割り振る。
これを発注元の立場から見ると、報奨金というニンジンをぶら下げて、発注先の尻を叩く形になる。当初目標を超える可動率を達成したら、追加で報償金を支出することになるから支出が増えるが、可動率向上という利得を得ているのだから、それはそれで「得になった」といえる。
受注側の立場から見ると、「企業努力によって当初目標を超える可動率を達成したら、報奨金という形で追加の売上が転がり込んでくる」ことになる。それだけでなく、企業努力によって経費を節減しつつ同じ可動率を達成すれば、その分だけ利益率が上がる。
報奨金というニンジンをぶら下げることで、発注元も受注側も得をする方向に持って行く。と、これがPBLの基本的な考え方。
PBLがうまく機能する条件
ただし、この仕組みが思惑通りに機能するためには、いろいろ条件がある。
まず、可動率の目標値を適切に設定すること。理想は100%だが、それは現実的とはいえないし、「目標値を上回る」が成り立たない。70~80%ぐらいが妥当だろうか。「適切な目標設定」が問題になるのは、巷の成果主義人事と似たところがある。
ちなみに、米軍のF-35ではMC(Mission Capable)率を65~80%に設定しているようだ。MC率は単に可動・不可動というだけでなく、「割り当てられた任務のうち、少なくとも一つをこなせる機体の比率」「割り当てられた任務すべてをこなせる機体の比率」といった複数の指標が入ってくるので、話がいささかややこしいのだが。
また、契約額の設定も問題になる。少なく抑えられれば、それに越したことはないが、抑えすぎると可動率の目標達成すら覚束なくなる。過去に要した経費の実績値をベースにして、今後の予測も踏まえて増減あるいは維持する、といったあたりが一つの基準になるだろうか。
また、報奨金をどのように出すかも問題になるだろう。結果が良いほどにニンジンも増えるという観点からすれば、単に「当初目標を上回ったらいくらいくら」では具合が良くない。「当初目標を上回った可動率1%ごとにいくらいくら」とするのが妥当だろうか。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第2弾『F-35とステルス技術』が刊行された。