今や、水上戦闘艦でも戦闘機でも「対レーダー・ステルス設計は当たり前」という風潮だが、実はこれが、整備の仕事に大きく影響している。飛行機を安全に飛ばすための整備に加えて、ステルス性を維持するための仕事が増えるからだ。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

形状の維持とレーダー反射測定

対レーダー・ステルスとは、煎じ詰めると「レーダー電波が反射して、送信元に返って行かないようにする」こと。それを実現するための基本的な考え方は、「形状の工夫による、電波反射方向の局限」「素材の工夫による電波エネルギーの減衰・吸収」の2点となる。

本連載276回「航空機の吊るしものとひっつきもの」連載「軍事とIT」の242回「ステルス性を持たせた航空機・艦艇を製作する」など、本誌ではすでに何回も「F-117Aで、ネジが3本、きちんと締まっていなくて頭が少し飛び出ていたために、レーダーにでっかく映ってしまった」話を書いている。飛行に差し支えがなかったとしても、レーダーにでっかく映ったのでは仕事にならない。

  • いったんは退役したものの、しばらく前に一部の機体が現役復帰したF-117A。写真は2021年9月にカリフォルニア州のフレズノに飛来したときの撮影 写真:USAF

F-35では、機体が最初に完成したときに、電波暗室に入れてレーダー反射の計測を行っている。また、整備を行った後でレーダー反射の計測を行う場面もある。これは非ステルス機では必要のない作業だから、ステルス設計というだけで追加の仕事ができることになる。製造するときはもちろんのこと、製造した後の整備でも手間がかかるのがステルス機である。

ステルス・コーティングの維持管理

形状による工夫に加えて、機体の表面仕上げにも違いがある。普通なら塗料を塗って終わりだが、ステルス機ではステルス・コーティングと呼ばれる特殊な素材を使用している。もちろん、その内容は秘中の秘。

テキサス州フォートワースにあるロッキード・マーティンの工場で、F-35を製作している工程をひととおり見せてもらった後に、とある場所に案内された。「ここがペイント・ハンガーです」という。そこに収まっていたのは確か、日本向けの3号機だった。

どんな飛行機工場でもペイント・ハンガーはあるが、ステルス・コーティングを機体の表面に吹き付けるか何かして塗布するのは、簡単な仕事ではないだろう。

だから、ステルス・コーティングの開発に際しては、単にレーダー電波の吸収能力が高いかどうかというだけでなく、塗布作業を迅速かつ確実に行えるかどうか、という要素も入ってくる。そういう観点からすると、草創期のステルス機と比べると今のステルス機の方が、技術の進化やノウハウの蓄積という点で有利かもしれない。

  • オーストラリア空軍のF-35A。この機体のステルス・コーティングは、光線の加減によって見え方が大きく変わるのが不思議 撮影:井上孝司

施工のための設備が必要

F-117Aの時代でも、機体表面に用いられているレーダー電波吸収素材(RAM : Radar Absorbent Material)の維持管理に手間がかかるという話が伝えられていた。天候その他の要因によってコーティングが傷む可能性はありそうだし、軍用機は「戦の道具」だから、戦闘による損傷も考えられる。

そこで、RAM、あるいはステルス・コーティングを迅速に修復できなければ、機体の生残性に関わる。修復に多大な手間を要すれば、今度は機体の可動率に響く。

また、RAMの修復やステルス・コーティングの施工を行うために、温度や湿度などの環境条件が制約されるとなると、話が面倒になる。普通の塗装でも、露天の屋外で吹きつけを行うことはないだろうが、ちょっと塗装が剥がれたぐらいなら(われわれがクルマでやるように)タッチアップすれば済む。しかし、ステルス・コーティングでそんな安直な手が使えるかどうか。

製造元の工場であれば、フォートワースでそうしているように専用の建屋を用意すればいいが、問題は実働部隊。いちいち本国に送り返していたら時間も手間もかかってしまうから、戦地でステルス・コーティングを施工できるように建物を仮設するか、あるいはテントのような設備を用意するか、という話になってしまう。

実際、B-2A爆撃機の海外展開では、ステルス・コーティング施工のための設備を出先に用意する、との話を聞いた記憶がある。

キャノピーへの対策も必要

なお、機体構造の表面だけでなく、キャノピーも問題になる。素通しのキャノピーからコックピット内部に飛び込んだ電波は、パイロットが被っているヘルメットを初めとして、コックピット内部にあるあれやこれやから反射してしまう。

だからF-35のキャノピーを見るとお分かりのように、素通しの透明樹脂ではなく、何かをコーティングした色付きのキャノピーになっている。レーダー電波の反射を抑制するだけでなく、外部の視界を妨げてはいけないから、こちらの素材選定も難しそうだ。もちろん、機体表面のステルス・コーティングと同様に、施工や修復のしやすさという要素も入ってくる。

  • F-35Aの機首をアップで。キャノピーが単純な透明素材ではなく、レーダー電波反射防止加工の関係で「色付き」になっている様子が分かる 撮影:井上孝司

ちなみに、キャノピーのレーダー電波反射対策として用いられる素材としては、蒸着金薄膜や、インジウム(In2O3)ととスズ酸化物(SnO2)の混合物といった名前が挙がっている。金の薄膜をキャノピーに蒸着した機体というと、もう退役しているが、EA-6Bプラウラー電子戦機が有名だ。ただしこの機体の場合、ステルス化ではなく、自機が発する強力な妨害電波から搭乗員を保護するのが目的だが。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」『F-35とステルス技術』として書籍化された。